ほとんどパラダイス

「まあ、いかにもお姫さまな、巡検最終日の顔のほうが男受けはするでしょうけど。……あれは、ほんっとびっくりしたわ。紫原、隠してるけど綺麗な子って認識してたけど、あそこまで美女だったとは。上総(かずさ)丈も峠(とうげ)くんも、たいした審美眼ね。」

ん?

「峠くんも?ですか?」
「ええ。気づかなかった?あの日の紫原の変わりように、唯一びっくりしてなかったわよ、あの子。」

……いや、それって、単に気づいてないか、興味なかっただけじゃないのかしら。
「どうでもよかったんじゃないですか?」
それこそ、どうでもいい話だ。

私は、ロビーで販売してる和グッズや番付を見に行った。

「美を愛する峠くん、なのに。」
松尾教授は、しつこくそんなことを言ってた。




夜の部は、時代物で開幕した。
豪華な御屋敷のセット。
上総さんは、大名の1人として舞台の端に座っていた。

ただ、座ってるだけ。
台詞は1つもない。
完全に、背景でしかない。

なのに、目が離せない。
美しすぎて……。
白塗りしてるわけでもないのに、光輝いて見えた。

「ほんとに、下っ端なんですね。」
幕間(まくあい)にコーヒーを飲みながら、松尾教授にそう言った。

でも松尾教授は、首を振った。
「いいえ!今回、確信したわ。上総丈、すごい。座ってるだけで、歌舞伎なのよ。」

……意味がわからない。
「どういう意味ですか?」
歌舞伎の舞台なんだから、そりゃ歌舞伎だろう。

でも松尾教授は、声をひそめた。
「……あくまで噂でしかないから、あまり信じてなかったんだけど……上総丈、落とし種かもしれない。」

おとしだね?
「誰の?似てる歌舞伎役者がいらっしゃるんですか?」

松尾教授は、ちょっとためらってから、言った。
「先代の。今、上総丈が仕えてる師匠の先代ね。」

え?
ええっ!?

「じゃあ、今の師匠はお兄さんなんですか?腹違いの。」
驚き過ぎて、声が大きくなった。

松尾教授は、しぃーっ!と、人差し指を唇に当てた。
「……そうならまだいいんだけど……先代には娘さんしかいないのよ。今の13代目は、婿養子。血縁なし。」

婿養子?
思わず息を飲んだ。
「そしたら、上総さんだけが、先代の血を分けた男子、かもしれないんですか?」

……話が大き過ぎる。
ドキドキしてきた。

松尾教授は、首を横に振った。
「いいえ。13代目には、ちゃんと男子がいるわ。母親が先代の娘だから、彼には正当な継承権がある、と言えるんやろうけど……」
そこまで言ってから、松尾教授は肩をすくめて見せた。
「……なんてゆーか、パッとしない子なのよね。華がない。芸もイマイチ。」

あー。。。

「最後の舞踊、一応、役をもらってはるから、じっくり観てみればわかるわ。」

次の世話物では、上総さんの出番はなかった。
最後に舞踊が2つ。
名手と名高い女形のしっとりした踊り。
そして、若手立ち役の威勢のいい踊り。
……これが、上総さんの師匠の息子さんか。

うーん。。。

確かに、なんてゆーか、眠い。
お顔も貧相かも。