ほとんどパラダイス

待ちに待った8月の最終週。
お茶屋のおかあさんの居間で、一ヶ月ぶりに上総(かずさ)さんと再会した。

「学美(まなみ)……何で、そんな、よりいっそう、痩せちゃったわけ?」
開口一番、そう言われた。

なんか、怒ってる。
たじろいで後ずさりした私の手を掴んで、上総さんは自分の腕の中に引き寄せた。

「顔色も悪いし、よろけてるし、どう見ても痩せすぎ!腕なんか骨だよ、これ、もう!」
「……だって……水分控えたら、食欲もなくなっちゃって、お腹痛くて……下痢して……」

「学美ちゃん、真面目やから、水飲むの控え〜、言われたら、脱水症状ならはるんですわ。こんな頑張り過ぎる子ぉ、はじめてですわ。」
おかあさんが、冷たいお茶を持ってきてくださった。

……ほぼその通りだけど……あまりにも暑いから喉の通りのいい冷たい物ばかり口にして胃が荒れてしまったのもある。
もともと、夏痩せしちゃうほうだけど、今年の夏は病的に痩せてしまった。

「おかあさん、そこまでやらせんといてーな。もう!バイト終了!これからは、フォアグラのガチョウのように強制的に飲み食いさせる!」
上総さんは、高らかにそう宣言した。

「無理。私は、せいぜい、フォアグラになる前に脱落して死んでしまうガチョウ。……てか、フォアグラの脂も苦手。思い出すだけで、気持ち悪い。」
顔をしかめてそう言うと、上総さんの手がそっと私の頬に触れた。
「ほら、そんな顔しない。」

……ドキドキする。
綺麗なお顔も、瞳の中の優しい光も……薄い白い手のぬくもりも1ヶ月前よりも強力で……私はその手にみずから頬をすりつけたくなった。
そんなかわいいことできるわけないけど。

「もぉ!おかあさん、いてはるのに、触らんといて!」
上総さんの胸を押しやって、離れる。

「あれあれ。……かず坊、かたなしやなあ。」
にまにまと笑うおかあさんに、上総さんは苦笑してみせた。
「なぁ?すごい子やろ?じゃじゃ馬ならし、の気分やわ。……でも、」
上総さんの視線が私を捉えた。
「今のは、早く2人っきりになりたい、って聞こえた。」

はあ!?
「阿呆ちゃう?便利な耳やこと。……おかあさーん!上総さんが、やらしい〜〜〜!」
私は、端然と座ってらっしゃるおかあさんの背後に逃げた。

「ほんまに……あんたら……」
おかあさんは、こらえきれず、声をあげて笑った。




「真夏に鍋……信じらんない。」
上総さんが夕食に連れてってくれたのは、木屋町の水炊き屋さん。

「そう?でも、学美の身体にいいと思うよ?」
綺麗な女将さんが、床(ゆか)に案内してくださって、ますますびっくりした。

8月末のくそ暑い京都の夜、エアコンなしで鍋?
おかあさんが貸してくださった紗(しゃ)の夏のお着物……汗だくになってしまわないか、心配。

ドキドキしたけど、鴨川、正確にはみそそぎ川の上に立てられた床は、西からの夕日も当たらず、川からの涼しい風が通り……むしろ、お鍋にぴったりだった。