ほとんどパラダイス

おかあさんは苦笑した。
「学美ちゃん、かわってはりますなあ。……今時のお化粧は、よぉわかりませんわ。」

かわってる……かな。
そうかもしれない。
小さい時から男が苦手な私は、その分、年嵩の女性に自然に甘える傾向にある。
両親の離婚で母親がいなかったので、おばあちゃんに甘えてきたからかもしれない。
……まあ、対抗意識を燃やしてくる年の近い女性は苦手だけど。

「んー、でも、この場合は、お着物の時のお化粧だから、今の、つけまつげバシバシのメークじゃなくていいと思うんです。……そういえば、上総さん、普通のマスカラだけでメチャメチャまつげを伸ばしてくれてはりましたわ。考えてみたら、すごい技術ですね。」

おかあさんはコロコロと笑った。
「かず坊は、ここでずっと芸妓のお化粧見て育ったからなあ。女の裏側見過ぎて女性不信気味やったけど、まあ、学美ちゃんみたいなお嬢さんを連れて来たなら、安心やな。」

……そうですか〜?
さすがにそれには同意できなかった。

「正直、よくわかんないんです。私も完全に男性不信なんで。」
ため息をついてそう言うと、おかあさんはうなずいた。
「せやなあ。かず坊に連れられてはココに来たとき、潔癖な感じが身からにじみ出てたわ。肩の力抜いたらいいのにって思ってたら……帰りにはええ感じに柔らこうなってたけど。」

あの朝を思い出して、恥ずかしくなった。
「上総さん、うまいですよね。女扱い。」
たぶん紅潮してるであろう頬に両手をあてた。

「そら、ちっちゃい頃から、なんぼもてたか!もてて、もてて、もて過ぎて、あの子には男友達がおらんかったくらいやからなあ。」
おかあさんの言葉に含蓄を感じた。
つっこんで聞いていいのか、一瞬ためらった。

察したらしく、おかあさんは話題を変えた。
「ほな、次のアルバイトの時には、一時間早ぉうちにおいで。一緒にお化粧したげよ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
何となくうやむやなまま、辞去した。


帰宅してから、上総さんにアルバイト初日の報告をした。

……今のところ毎晩電話がかかってくる。
上総さんの艶のあるイイ声は、脳に直撃するには威力がありすぎる。
名前を呼ばれるだけで、愛を囁かれてるかのように勘違いしてしまう。
うぬぼれなくたいのに……。

『おかあさんに、化粧を教わるって?』
「うん。おかあさん、お上品美人さんやから。派手ちゃうし好き。」
私がそう言うと、上総さんは沈黙した。

「もしもし?私無言電話に付き合うほど暇ちゃうねんけど。切るで?」
イラッとしてそう言うと、上総さんは早口で言った。
『おかあさんに嫉妬しそうになったわ。俺は?俺もお上品美人さんで派手じゃないし、好き?』

何言ってんだ?このひと。
「阿呆ちゃう?切るで!」
そう言って電話を切ろうとしたけれど、何となく切れなかった。

『……学美?』

ほら、その声。
反則。
……ダメだ。

「好き。おやすみ。」
それだけ言って、電話を切った。