ほとんどパラダイス

数日後、早速、祇園のお茶屋のおかあさんのご紹介でアルバイトをすることになった。

旅館のロビーでお茶のお点前をする……そうとしか聞いてなかったのだが……観光客、とりわけ外国人客に写真やビデオを撮られまくり、自分が見世物になっているような気がした。

……ものすごく、嫌。

しかも、旅館の女将に文句を言われた。
「ちょっと、汗かきすぎちゃいます?着物、汗じみだらけになりますわ。お化粧もすぐ剥げるし、水分とるの節制しはったらどないですか?」

……夏に水飲むなって、今時、どこのスパルタ運動部ですか?
死ぬわ!
でも、着物は借り物、化粧も……結局、私が下手くそなので、旅館の仲居さんが見かねてしてくださってるこの状況で、ワガママを言うことはできなかった。

口惜しいので、帰りに、お茶屋のおかあさんを訪ねた。
夜の忙しい時間だろうに、おかあさんは私を居間に入れてくれた。
お座敷とは違って、雑然とした雰囲気が懐かしい小部屋だった。

干からびた体内に冷たいお茶をいただきながらのおしゃべりに、ささくれ立った心がようやくおさまった。
「舞妓(まいこ)ちゃんや芸妓(げいこ)さんって、もっともっともーっと大変なんでしょうね。」
ぐったりしてそう聞くと、おかあさんはにんまりと笑った。

「慣れ、ですわ。でも、学美(まなみ)ちゃんは、着物は慣れてはるって、女将、ほめてはりましたえ。」
着物は、ね。
あ〜、京都の人やわぁ。
いけず……。

「そりゃ、茶道を習ってたら着物を着る機会はいっぱいありますから、嫌でも一人で着られるようになりますけど。でも、こんな真夏に着たことないし、あんなに硬い帯、結んだことないです。」
しょんぼりそう言うと、おかあさんは、うんうんとうなずいた。
「まあ、帯はな、しょうがあらへんな。でもお化粧は、できはったほうが得ちゃいますか?かず坊に教えてもろたらいいわ。」
そんな風に言われて、私は真面目に困った。
「……教えてもらう機会なんかあるんでしょうか。」

するとおかあさんは、まじまじと私を見た。
「まあ、そう思わはる気持ちもわかりますけどな、今後、逢う気ぃもない子ぉを、わざわざうちとこに連れてくるとは思えませんけどなあ。」

どういう意味だろう。
てか、うちとこ、って……

「あのぉ、上総さんとおかあさんのご関係を聞いても差し支えないですか?」
恐る恐る聞いてみた。

おかあさんは、ふふっと笑った。
「へえ。うちは、かず坊の親代わりみたいなもんです。あの子の母親は芸妓やったさかい、赤ちゃんの時から、仕事の時は、うちが面倒みてたんや。かず坊は家には寝に帰るだけで、ずっとここで暮らしてたようなもんですわ。」
そう言ってからおかあさんは、思い出したように付け加えた。

「ゆーとくけど、おばあちゃん代わりちゃいますえ。おかあさん、な。」
おかあさん、かわいい。
当たり前かもしれないけど、私なんかよりずっと女子力が高くてチャーミングだわ。

「あ!じゃあ、おかあさんが教えてくださいよ。お化粧。」
何となく、そうお願いしてみた。