ほとんどパラダイス

上総(かずさ)さんはニコニコうなずきながら、私の頭を撫でた。

「ありがとう。学美が歩み寄ってくれる気になってくれて、すっごくうれしい。」
「日帰りよ?」
泊まると言うと、なんか、抱かれに行くみたいで気恥ずかしいので、私はわざわざそう付け加えた。

「いいよ。……てか、ホントのこと言うとね、9月は俺、大阪にいるんだ。」
「へ!?」

大阪?

「……だって12月まで……」
呆然とそう言うと、上総さんがちょっと照れくさそうに言った。
「うん。京都には12月まで来ない。でも大阪には、8月の末から1ヶ月いることになる。」

何!?それ!
信じらんない!
「ひどっ!ずるっ!」
「あ〜〜〜、また、眉間に皺。ごめんごめん。背水の陣のほうが、学美が流されてくれるかな〜、って、ちょっと計算した。」
「ふっ……ふざけんじゃないわよっ!」
私は、上総さんを突き飛ばして、起き上がった。

「帰る!」
「いってー。学美、ほっそいのに、突き飛ばすの、上手。護身術でも習ったの?」

悪びれずに上総さんは私の手を引き寄せた。
するっと抱きしめられてしまう。

……何でこうなるんだろう。
不思議。
こんなはずじゃないのに……。

「……ドキドキしてるの、聞こえる?」
上総さんが耳元で囁いた。

「そりゃ生きてるねんから、心音くらい聞こえるわ。」
そう言ったけど、そうじゃなくて……確かに、上総さんの鼓動は少し早かった。

「学美にときめいてるって、ちゃんと伝わってる?」

……そういうこと、なの?
返事できない。
私はうつむいて、ただじーっと耳を上総さんの胸に当てていた。
まるで母親に抱かれる赤ちゃんのように……心地よかった。

ぶーぶーと、細かい振動を感じた。
「携帯?」
そう聞くと、上総さんがポケットからスマホを出した。
「アラーム。タイムリミットみたい。8時45分。……一旦、部屋に帰って、メークを直してあげたいけど……俺と一緒にいるとこ見られたら、まずいよね?」
「あ……うん。そうね。メーク、そんなに崩れた?」

上総さんはちょっと笑って、私の目の下や頬を指でなぞった。
「ファンデーションに涙の筋。口紅は剥げ剥げ。」

「……ファンデはどうせ汗で剥げるし、いい。口紅は、ティッシュでふき取る。」
私がそう言うと、上総さんは苦笑した。
「化粧ポーチ貸して。脂取り紙と口紅ぐらいはあるだろ?」

……ない。
私が返答に困っていると、上総さんは肩をすくめて笑った。
「学美の女子力の低さ、半端ねーな。待ってて。おかあさんに紅借りてくるわ。」
「いいって!」

断ったけど、結局、上総さんは、お茶屋さんのおかあさんに、有名な脂取り紙と小さな京紅をせしめてきた。


……口紅を塗り直す前に、何度もキスされた結果、いつもより唇がぽってりした気がする。