ほとんどパラダイス

「……嫌。」

やっと出た言葉はそれだった。

でも、既に至近距離から私の顔をのぞきこんだ上総(かずさ)さんにはバレバレだろう。

「何が?」

おかあさんがいないからか、上総さんのイントネーションが標準語に戻ってることに気づいた。
腹立たしいぐらいイイ声で、かっこよくて……自分自身が追い詰められていく。

「嫌や。」

いつものぼさぼさの髪ならうつむけば髪で顔が隠れるのに、この3日間は大学のアルバイト中なので、髪を後ろで1つにまとめているから隠れてくれない。

「俺が?」

笑ってる……。
上総さんは、確信してる。
私が、なす術もなく、上総さんに惹かれてることに……。

「……口惜しい。」

力が入らない私を、ふわりと上総さんが抱き上げて自分の膝に座らせた。

「学美(まなみ)、軽すぎ。少しは肉ついたほうが、抱き心地いいから……」

そこまで言ってから、上総さんは小鳥が啄むように、軽く私の唇にキスした。

「俺のために、もうちょっとご飯、食べなさい。」

わなわなと震えだしたけれど、これは恐怖じゃなくて……何て言うか……

「むかつく。」

ボソッと、私の口からあり得ない言葉が飛び出した。

「へ?」
「……むかつく。マジ、むかつく。」

勝手にそんな言葉とともに、涙がこみ上げてきて、ポロポロとこぼれ落ちた。

「学美……ちゃん?もしかして、君は……」

キッと私は睨んで、ドンッ!と、上総さんの胸を両手で強く押した。
衝撃でゴホゴホと咳をする上総さんから離れて、じりじりと後退した。

「猫みたいな子やな。」
それでも怒る様子もなく、苦笑する上総さんに、また新たな涙がこみ上げた。

「おいで。」

怒って、泣いてる私を、なだめるでも、謝るでもなく……本当に猫か犬のように、上総さんは手を出してそう言った。

「いいから、おいで。学美を傷つけるつもりはないから。安心して、おいで。」

「もう、傷ついた。」
くやしまぎれにそう言った。

「どうして?」

……まさか、初めてのキスを奪われた、とも言えず……私は下唇を噛んだ。
上総さんには完全にバレてるだろうけど。

「ほら、おいでって。何も、とって喰うわけでなし。」

もう、食べられたもん……唇。

涙目で私は、後ずさりを続けた。

いくら呼んでも逃げてく私に、さすがに痺れを切らしたらしい。

「……来ないなら、こっちから行くよ。せっかく、学美のペースでゆっくりって思ってたけど……」

言葉が終わらないうちに上総さんは目の前に迫り、逃げてた私の背中に床柱が当たった。

「チェックメイト。」
そう言って、上総さんは私の頭を抱えるように腕を回し、そっと寝かせた。
……全然強引じゃなくて、むしろ壊れ物を扱うように、両手が私の頬に触れる。

「泣かないで。俺が嫌い?気持ち悪い?怖い?」

綺麗な顔……。
黒い瞳がゆらゆらして、私が映ってる……。

昨日楽屋で感じた、感情の見えない目じゃない。
むしろ、優しい温かい目。

……からかわれてる……わけじゃないのかな。

そう思ったら、すーっと肩の力が抜けた。