ほとんどパラダイス

上総(かずさ)んは、諦めたように天を仰いだ。
「……それが学美ちゃんの望みなら、罪滅ぼしに叶えられるよう、努力します。」

「なに?その素直じゃない言い方~!むかつく!」

美子さんを無視した言い方にムッとしたけれど、当の美子さんは目をキラキラ輝かせた。
ほんと、かわいいヒト。
好きになったら、プライドも、倫理観もぶっ飛ぶんだもんなあ。

「ありがとう。上総さん。明日、両親を楽屋に連れて行きます。ご挨拶させてください。」
美子さんはそう言って、またホロホロと涙をこぼした。

上総んは、美子さんの涙を指で払った。
「挨拶するのは俺のほうだろ。大事なお嬢さんに手を出して。」

「大丈夫!私が迫ったってわかってるから!」

……何だ、それ。

こらえきれなかったらしく、峠くんが笑い出した。

「あら、峠くん、いたの。」
ちょっと鼻白んだらしく、美子さんが峠くん見た。

「……ずっといましたよ。さっき突き飛ばされましたけど。……美子さん、おめでとうございます。」
峠くんはそう言ってから、私の肩を抱いた。
「……まなさん。」
優しく促されて、私はうなずいた。

「上総ん。私達、結婚しようと思ってます。……なんか、美子さんに先、越されちゃったけど。上総んにちゃんと報告してから進めたくて。」

上総んは察知していたらしく、笑顔でうなずいてくれた。
「別に事後報告でよかったのに。」

そう言われて、ついチクッと嫌味を言ってしまった。
「貞操帯の呪縛が解けなくてね。」
上総んの笑顔が凍りつき、峠くんが
「まなさんっ!」
と、たしなめた。

「だって本当だもん。おかげでこっちは清い関係のままなのに、上総んはさっさと子供つくってるし。信じらんない!」
ぶーぶー文句を言ってると、美子さんは、ああ!と納得したらしい。
「峠くん、やっぱり童貞だったんだ!」
何でそうなるかな?

峠くんは、カウンターに突っ伏した。
……否定すればいいのに、その初々しすぎる反応。
私が「違う」と言うわけにもいかないし。
困ってる私達を見て、上総んはやけにニコニコしていた。
ま、いいけどさ。

「とりあえず、納まるとこに納まったみたいだな。ほら、乾杯だ。」
大将が、金箔入りの大吟醸を黒塗りの升(ます)に満たして出してくれた。

「乾杯って。いやいやいや、美子ちゃんはダメでしょ。妊婦さんなんだから。」
上総さんは、慌てて美子さんから升を取り上げた。

「えー。ひとくちぐらいいいやん。横暴。」
と、私が文句を言ってしまったけれど、美子さんはむしろうれしそうに上総さんを見つめていた。

やっぱりかなわないな。
けっこうお似合いかもしれない……上総んが浮気した時の美子さんの報復が怖いけど。
なんにしろ、中絶しろ、って言われなくてよかったよ、うん。

「ほな、乾杯!上総ん、美子さんと赤ちゃんをよろしくね。」
美子さんは頬をそめ、上総んは片頬ひきつらせて無理やり笑顔を貼り付けた。

「峠くんと学美ちゃんにも、乾杯。峠くん、学美ちゃんをよろしく。」
会った時は敬語でしか話せない、もう遠い世界のヒトだと思ったのに、美子さんのおかげで、まるで友達かお兄さんのように気安く話せた。

感謝だわ。