ほとんどパラダイス

お片付けを終えて、明日のお雑煮の準備を手伝ってから、居間に戻った。

峠くんがいない。

「かずさんなら、蔵よ。いつもそうなの。たまに帰って来ても。」
漆器を拭きながらお母様がそう教えてくれた。

「そうでしたか。峠くんらしいですね。」
自然と頬が緩んだ。

「学美さんも?そうなの?」
そう聞かれて、私は正直に言った。
「いえ。私は、峠くんほどに美術品に優しくないです。でも、こちらの茶道具には驚きました。一点一点拝見したいんですけど、今回は峠くんのバイトの都合で長居できないんですよね……。」

すると、お母様は目をきらりと輝かせた。
「あら!じゃあ、かずさんだけ先にバイトに帰ればいいじゃない。まだお正月休み中なんでしょ?学美さんはもう少しココに居れば?」

それは……。
怖いような気もしたけれど、お母様の次の言葉がダメ押しになった。
「お茶のお道具がお好きなの?かずさんも知らないお道具、もっとあるわよ。私の祖母がお茶を教えてたの。姑に使われたくなくて隠してたの。かずさんに内緒よ。」
「是非、拝見させてください!よろしくお願いします。お世話になります。」
思わず手をついて深々と頭を下げた。
お母様は満足そうにうなずかれた。

その夜、お兄さんの彼女さんと一緒にお座敷にお布団を並べて眠った。
「さっき学美さんが言ってたの、聞いて、昔の洋楽を思い出しちゃった。中学の時に体育祭で踊った曲。口下手でダサい彼氏を愛してるって曲。何て言ったかな……彼はロミオじゃない、とか、彼の言葉を聞いてあげて、とか……」
彼女さんにそう言われて、私はちょっと笑ってしまった。
「ダサい、ですか。でもまあ、ロミオじゃなくてよかったですよ。死にたくありませんし。そもそも追放になった彼を一人で行かせないです。一緒に行きます。」

……まあ、そういうことだ。
もう二度と離れたくない。
たとえ、条件のいい専任講師の就職先があっても、私は峠くんのいないところへ行くつもりはなかった。

彼女さんは、ちょっと間をあけて、つぶやいた。
「私は期間限定なら仕方ない、って諦めるかな。私も仕事したいし。同じタイミングで同じ地区に転勤は、厳しいから。……辞めるのは、もったいないし。」

お!
はじめて、真面目なとこを見せてもらえた気がする。

「そうですよね。どこに配属されるか、わかんないんですもんね。でも、子供ちゃんはたくましく育ちそうですね。」

「え!?わかる?あれ?まだ、言ってないのに!」
彼女さんが急に慌てた。

「もしかして?……おめでた?ですか?」
ドキドキする。

彼女さんは、赤くなってうなずいた。
「たぶん。でも病院がお正月休みに入ったから確認できてないの。市販の検査薬は陽性なんだけど。だからまだ内緒ね!」
必死にそう言う彼女さんは、すごくかわいかった。

「はい!そうですかあ。楽しみですね。」
「でも外聞悪いって、親に怒られそうで怖いわ。……学美さんもできちゃった婚しない?」

確かにうちもそうなるとシンパシーで仲良くなれそうな気がする。
でも……。

「残念。私達、まだ性行為、お預け中なんです。明日のご挨拶が済んで、入籍してから、の予定です。」

私の言葉に、彼女さんは呆気にとられたようだ。

なぜか、襖の向こうから、お母様らしき笑い声が聞こえた気がした。