ほとんどパラダイス

「とりあえず、これ、飲んで。」

そう言われて出されたのは、湯気の上がった琥珀色のドリンク。
手に取ると、ツーンと強い揮発を感じた。

「ウィスキーのお湯割り?ですか?」
そう聞いて口を付ける。
濃おっ!

「割ってないわよ。ウィスキーをレンジで温めただけ。」

……ストレートで飲む量じゃないですよ、これ。
200mlはゆうに入る大きめの耐熱グラスになみなみと注がれたホットウィスキー。
山で遭難したヒトみたいだな、と思いながら飲ませてもらった。
さすがにすぐに身体が熱くなった。

「で?どうしたの?泣いてた原因は、峠くん?上総丈?」
自分はウィスキーを垂らしたホットミルクを飲みながら、松尾先生は聞いてきた。

「上総(かずさ)ん。」
クスンと鼻をすすりながら答えた。

「ふーん?まだそれだけ泣けるほど、上総丈のこと好きなんだ。とっくに冷めてるんだと思ってた。意外だったわ。」

私のほうこそ、そんな風に言われるとは思ってもみなかった。

「どうしてそうなるんですか?」

「だって、上総丈の浮気に気づいてたんでしょ?」
松尾先生はあっけらかんとそう言った。

「そういうんじゃないです。」
ムッとしてそう言ったけど、ちょっと引っかかるものを感じた。
「……やっぱり遊んでます?上総ん。」
改めてそう聞いてみた。
松尾先生は、慌てて口をつぐんた。
「いや、気を遣わなくてもけっこうです。実際、感じてましたし。」

私がそう言うと、松尾先生は言いにくそうに言った
「私が見たわけじゃないけどね、まあ、有名人だし、かっこいいし、何より目立つから、ねえ。馴染みの芸舞妓には事欠かないわよね。今年に入ったぐらいから、京都、大阪、名古屋あたりで目撃情報がちらほら出てきたかなー、って。」

「そうですか。仕方ないですね。」
強がりじゃなくて、本当に仕方ないと思った。

東京では、曲がりなりにも同棲状態で私が待ってるけど、地方では上総ん、野放し状態だもの。
以前のように、しょっちゅう行き来したり、電話やメールを頻繁にしなくなったし、……何より、私が上総んに対して人形になってたんじゃあ……淋しかったことだろう。
他の女性に優しさや温もりを求めても当然だ。
それに対しては、一粒の涙もこぼれなかった。

「虐められた?あの新しい番頭もお手付きでしょ?」
いつまでも要領を得ない私に、松尾先生はそう言った。

美子さんのことよね。
「いえ。美子さんは、私の仲良しの先輩なので。」

そう言ったけれど、松尾先生は腕を組んで顔をしかめた。
どうやら、松尾先生も美子さんが気に入らないらしい。
「あまり信用しないほうがいいんじゃない?あの子、紫原とは対極にいるわよ。うざいほど、女!」

「……確かに私は女らしさに欠けますけど……美子さん、かわいい女性ですよ?」

松尾先生は、チッと舌打ちした。
「おめでたい子ね。」

何か、今日はいつも以上にきついな、松尾先生。
私が美子さんに対して危機感なさ過ぎる、って心配してくれてるんだろうか。