ほとんどパラダイス

いつものようにタートルネックのニットや色の濃いタイツを掴んでバスルームに飛び込んだ。
鏡に映った自分の姿はあまりにも惨めで情けなかった。
シャワーを強めに出して少し泣いてから、全身をくまなく洗った。

内出血はすぐに消える。
毛はそのうち伸びてくる。
負けるもんか。
開き直って、闘争モードにスイッチを切り替える。
鏡の中の弱い自分を睨み付け、肌を隠して武装した。

髪を乾かしてからダイニングに戻ると、峠くんが珍しく動揺していた。
「まなさん……」
その手に、持っていたのは黒い……貞操帯。

……やだ……どうして……
恥ずかしい……
そういえば、放置されたままだった。
すっかり忘れてた。
すぐに捨ててしまえばよかった。
私は唇を噛んでうつむいた。

「ごめん。」
なぜか峠くんが謝った。

……ため息がこぼれた。
「びっくりしたわ。そんなもんを付けさせたいねんて。そこまで信じられへん女に、なんで執着するんやろね。」
意外と冷静にそう言った。

峠くんは、悲しい顔をした。
「山崎先生がDVの心配してたけど、このままエスカレートしたら、上総(かずさ)、まなさんに手をあげるのかな。」

「……わからない。」
今まで、痛いことはされたことがない。
でも、夕べの上総んを思い出すと、否定できなかった。

峠くんの準備してくれたのは、具だくさんスープとサンドイッチ。
「食欲ないはずなのに、おいしいよぉ。」
「よかった。とにかくいっぱい食べて。」
峠くんはそう言って、自分もサンドイッチを摘んだ。
「ゴボウサラダとかカボチャとか、初めて。でも美味しい。何でもサンドイッチになるねんね。」
「うん。意外と何でもいける。キムチとか、海苔とか、じゃことか、残り物挟んで食ってたけど、ベースと具材が合ってれば何でもいけるんじゃないかな。」
「何でも、ねえ。確かに、峠くんなら、何でも美味しく調理してくれそう。」
そう言ってから、慌てて付け加えた。
「だからって、研究、捨てないでね!修論書いて!」
峠くんは苦笑して返事はしなかった。


山崎医師は、診察日じゃないのに、すぐに会ってくれた。
「峠くんを寄越してくれて、ありがとうございます。」

私の挑戦的な挨拶に、山崎医師は苦笑した。
「余計なことでしたか。失礼しました。でも、私が中村上総の立場なら、非人道的な手段を用いても紫原さんを篭の鳥にすると思って。まさか、アキレス腱を切られはしないでしょうけど。」

さらっと、すごいことを言ってのけたぞ?
てゆーか!!
「加倉に、何したんですか!?」
そういえば、別れ際にもめてたことを思い出して、私はそう詰め寄った。

山崎医師は、ちょっと笑った。
「傷が残るようなことはしませんよ。他の男に手を出さないように牽制だけ。」

思わず唾を飲み込んだ。
「……具体的には?」

山崎医師は声をひそめて、私の耳元に唇を寄せた。
「マーキング、剃毛、貞操帯、ピアス、油性マジックで落書き。……刺青(いれずみ)と焼き鏝(ごて)は断念しました。彼の人生まで背負えませんので。」

……涙が出てきた。