ほとんどパラダイス

「睡眠不足?上総(かずさ)、寝ろよ。」
加倉にそう促され、上総んはチラッと私を見た。
「私、もうちょっと話してたい。加倉、明日、帰っちゃうから。上総ん、先に寝て。」

言った!
上総んは、ため息をついた。
「わかった。おやすみ。ごゆっくり。」
悄然とした後ろ姿に罪悪感を覚えなかったと言えば嘘になる。
一瞬、追いかけたほうがいいのかも、とは思った。
けど、私は立ち上がらなかったし、それ以上、声もかけなかった。
無意識にぎゅっと手を握って、上総んの退場を待った。
いつの間にか、そっと包み込むように、峠くんが私の手を握っていた。
驚いて顔を上げると、峠くんは無言でもう片方の手の人差し指を唇にあてがい「話すな」のゼスチャーをした。
ドキドキする。
こんな……まるで不倫みたいなシチュエーションに、私は戸惑っていた。

完全に上総んの気配が聞こえなくなってから、加倉が小声で聞いた。
「峠、本気出してきた?」

峠くんは、私の手を取り上げ、両手で弄びながら言った。
「別に今までだって、遊びのつもり、ない。俺、まなさんにはずっと本気。態度に出して困らせたくなかっただけ。でも、もう、いいよね?」

何が、どう、いいの!
また涙がこみ上げてきた。
「……今、まさに困ってるんですけど。」
一応そう言ってみた。

「うん。そうだろうね。でも、ちゃんと困ってても、泣いてても、照れて、うれしそうだよ。」
峠くんにそう指摘され、私はまた泣いてしまった。 当たり前だ。
うれしいに決まってる。
ずっと、逢いたかった。
こうして、触れていたかった。

「ごめんね。一人で、つらかったよね。」
峠くんはそう言って、私の涙にティッシュを当てた。

「……だって、私が悪い。峠くんだって、ずっと一人。」
泣きじゃくりながらそう言った。

「いや。俺は逃げたようなもんだから。まなさんを置いて。上総を置いて。……なあ?」
峠くんに振られて、加倉もバツが悪そうにうなずいた。
「ああ。タイミング悪く、紫原に上総を押しつけて逃げたって、俺も後悔してた。とっくに終わってる2人を無理矢理くっつけ直したって、うまくいくわけないのにな。」
終わってる……。
涙が止まらない。

翌朝、上総んはあまり元気がなかった。
「今夜は早寝しよう。」
他意はないのかもしれないが、上総んのぼやきに、私達は過剰反応した。
……いや、他意がないはずないよな。
わかってて、牽制してるのだろう。


峠くんは、朝食に、流行のパンケーキを焼いてくれた。
蜂蜜と煎り胡麻とクロテッドクリームをトッピング。
少食の私も完食できてしまう美味しさだった。

「じゃあ、行ってきます。加倉くん、またね。来月、遊ぼうよ。峠くん、ありがとう。学美ちゃんは、ゆっくり眠って体調整えておきなさい。」

やっぱり意味深な言葉を残して、上総んはお仕事に行った。