ほとんどパラダイス

加倉は、少ししてからため息をついた。
「わかった。……おい!峠!お前、向こうで彼女作った?作ってねーよな。いたとしても、別れろ。紫原のそばにいてやれ。」

突然そう振られて、峠くんは驚いたのだろう。
ちょっと目を見開いて、しばらく沈思した。

……やっぱり、彼女いるんだ。
胸がギューッと掴まれたように、痛んだ。
「加倉。やめて。峠くんに、もう迷惑かけたくない。」
そう言ってから、峠くんに謝った。
「ごめんね。大丈夫だから。」

峠くんの顔が歪んだ。
「全然、大丈夫って顔してませんよ。」

慌てて両手で両頬を押さえた。
「ごめん!自覚ないんだけど、私、ずっと無表情なんだって。だから気にしないで。」
言ってる途中から、ボロボロとまた涙がこぼれ落ちた。

加倉がティッシュを手渡しながら、言った。
「夕べからずっと、お前、普通だぜ。泣いたり笑ったり怒ったり拗ねたり甘えたり。今も、ちゃんと、無理してます!って、痛々しい顔してる。なあ?」
加倉の言葉に峠くんも頷いた。

そうなの?
やっぱり、自覚ない。

「だから上総(かずさ)も峠に頼んだんじゃねーの?飯作ってやってくれ、って。あいつ、笑ってたけどかなりショックだったと思うぞ。」

「……そう。」
それで、違和感があったのか。
悪かったな。
でも無意識だし、しょうがない、ってことか。
上総ん、今日の舞台、大丈夫かな。

「とりあえず、飯しようぜ。」
加倉に促され、ダイニングに向かった。
峠くんが準備してくれたのは、何だかグロテスクなものの入った雑炊だった。

「何?これ。美味そうに見えねーな。」
苦笑しながら、加倉が一口。
「うまっ!何?スッポン?」

峠くんは、吸い口に柚子の皮をおろしながら加倉に言った。
「あんこう。体によくて美味いから。でも、東京では高いね。びっくりした。」

あんこう!
「肝は好きだし、鍋も美味しいけど、いきなり雑炊の具になってるとインパクトあるわね。」
そう言いながら、スプーンで口に運んだ。

……美味しい!

「まなさんの好きな、肝も贅沢に入れてみました。美味しい?」

「うん!すっごく美味しい!好き!」
スプーンを子供のように握りしめてそうはしゃいだ私を、峠くんはとろけそうな目で見た。

……まだ、愛されてる。
はっきりと、そう確信した。
うれしくて、おいしくて、うれしくて……また、涙がこぼれた。

「何も、泣かなくても。てか、喰い終わってから、泣け。窒息すっぞ。」
加倉にはそう言われたけど、涙が止まらない。

「だって……美味しいんやもん……ほんとに、美味しい……」
味覚が鈍くなってたんじゃない。
峠くんの味に飢えてたんだ。

……あ、そっか。 山崎医師の奥さまのクロワッサンが美味しかったのも、作ったヒトの想いがこもってるからかもしれない。

無償の愛。