ほとんどパラダイス

もし上総(かずさ)んが、そんな私をじ~~~~っと見てなかったら……私は、峠くんにもっと甘えてしまったかもしれない。
まあ、上総んの気持ちを汲んで気遣ってくれてたのは、加倉なんだけど。

「とりあえず、寝ようぜ。昼から野田教授に挨拶に行って、夜またココ来るわ。上総は何時入り?少しは寝られるか?」
「……いや。興奮してて、とても眠れそうにない。今月は朝1の演目と夜に2つだから、楽屋で昼寝するよ。」

「朝食、作ったら食べる?」
峠くんにそう聞かれて、上総んは苦笑した。
「それも、無理かも。さすがに夜通し飲むと、胃が……。夜、しじみ汁でもいただきに寄るよ。……学美がね、鬱で味覚も鈍ってるらしいんだ。何でも食ってくれるけど、美味そうじゃなくて。悪いけど、峠くん、何か作ってやってくれる?」

上総んと峠くんは、そろいもそろって微妙な表情でうなずき合っていた。
……2人の心が見えなくて、怖すぎる。

「腹芸、か。」
加倉もまた、ひやひやしてるらしく、ボソッとそうつぶやいた。

上総んを見送ってから、私達は仮眠を取った。
……何となく、私だけ上総んの寝室に行くことに抵抗を感じたけれど、客用布団は2組しかないので渋々諦めた。

峠くん、またかっこよくなってたな。
でも、いずれ東北に戻る?
……向こうに、待ってる女性がいるんだろうか。
考えると、苦しくて苦しくて。
仰向けに目を閉じても、涙が止まらなかった。


昼過ぎに、加倉に起こされた。
「そろそろ起きろ。峠、食材買いに行ったぞ。……泣きながら寝たのか?ぶっさいく。」
「おはよ。山崎先生の言う通り、泣くとスッキリするのね。何で今まで泣けなかったんだろう。」
頭はボーッとしてるし、確かにまぶたが重くて目が開けづらいけど、心は妙に落ち着いていた。

「何でって、無理してたんだろ、そりゃ。紫原らしくねーけど、上総のために自分を殺してたんだろ。」
「うん。……うん?じゃあ、何か?本当の私は、泣き虫なのか?実は、女々しい?」
加倉にそう詰め寄った。
「ばーか。」
と、呆れられた。

「それはいいとして、美子さん。いいのか?」
加倉はベッドに腰掛けて、そう聞いてきた。
「何が~?我ながら、適材適所なキャスティングだと思ってんだけど。」
起き上がろうとして、加倉に両手を突き出した。
加倉は私の手を掴んで、引っ張って起こしてくれた。
「ありがと。」

「確信犯じゃねーの?わかってんだろ?美子さん、上総を奪うぞ。お前は、熨斗(のし)付けて押し付けたいのか、浮気させたいのか……どっちにしても、泥沼だぜ?」

私は、加倉の指摘に、改めて自分の心の闇を知った。

「食事できた。」
峠くんが呼びに来てくれた。
「おはよう、峠くん。何、作ってくれたの?」

「紫原!逃げるなよ。わかってんだよな?いいんだな?」
ベッドから抜け出て、峠くんについて行こうとしたら、加倉にそう念押しされた。
「……わからない。そうなるかもしれないとは思った。もし本当にそうなったら、やっぱり淋しいと思うし、傷つくかもしれない。でも、たぶん、ホッとする。」

私の口から、すらすらと自分でも思っても見なかった言葉が出てきた。

……これが、本音なのだろう。