……あの時……。
あの時、あのまま、上総(かずさ)んを放置して、峠くんと一緒に居続けたなら……。
果たして私は幸せだっただろうか。
でも、上総んは?
上総んを無視して幸せになれる?
とてもほっておける状態ではなかった。
私自身が、見過ごせなかったと思う。
だから、これでよかったんだ。
誰も悪くない。
私は自分にそう言い聞かせる。
「充分幸せですよ。上総んは優しいし。山崎先生も親身になってくださるし。研究は順調だし。」
自分では笑顔を作ってるつもりだった。
「そんな顔で幸せって言われても、ね。力不足を感じるよ。ま、気長に行こうか。」
山崎医師はそう言って、私の肩をポンポンと叩いた。
11月1日、美子さんは上総(かずさ)んの番頭さんデビューをした。
もちろん紹介した手前、心配ではあったけれど、所詮私は部外者。
初日を終えて上総んと美子さんが出て来るのを待って、銀座のフレンチで乾杯した。
「まずは、お疲れ様でした。如何でしたか?」
上総んが極上のほほ笑みを作って、美子さんにそう尋ねた。
「はい。出待ちのファンとは違って、もっと年輩のお客様が多いと思ってたのですが、上総さんのお客様ってお若いかたが多いんですね。驚きました。シャネルのスーツとエルメスのバッグ、今日だけでいくつ見たかしら。」
美子さんの感想に上総んはぽかーんとし、私は吹き出すのを堪えた。
さすが、美子さん。
すごくよくわかるわ、それ。
実際、上総ん……というか、未婚の人気役者のファンはブランドで武装してるお嬢さんが多い。
まあわかりやすい価値観だとは思うよ、うん。
でも私はそういうところにも馴染めない。
上総んはブランド品なんか当たり前の世界で生まれ育ったヒトだから、何の抵抗もないらしい。
私に不似合いなロレックスやブルガリを買い与えるのも当たり前だと思っている。
……手錠や首輪のように、私には重荷なんだけど。
美子さんも、平気なんだろうな。
実際、美子さんは水を得た魚のように活き活きしていた。
やはりもともと歌舞伎が好き、上総んのファンだったというのも大きいかもしれない。
今も、うっとりととろけそうな瞳で上総んに見とれている美子さんに、私は少し安堵していた。
うん!
大丈夫そう!
……てか、別の不安が生じそうだな。
上総ん、美子さんに食われちゃったりして。
帰路の途中で美子さんと別れて、上総んの家近くに戻ってきた。
「お茶漬け食べて帰ってい~い?」
上総んは、大食漢というわけではないのだが、洋食の後には〆(しめ)にお茶漬けを食べたがる。
「うん、そう言うと思ってた。寄ってくんでしょ?」
いつもの割烹。
……峠くんのいない、あの割烹。
上総んが朗らかに、ドアを開けた。
「こんばんは~。」
そして、すぐに声を挙げた。
「わっ!びっくりした!え!?どうしたの?帰ってきたの?お帰り~!」
まさか……峠くん?
上総んの背中で前が見えない。
でも、背伸びすることも、横から覗きこむこともできない。
てか、逃げ出したい気分。
一人でドキドキしてると、上総んが中に入りつつ、私の手を引いて招き入れてくれた。
いつもしてくれることだけど、今は恥ずかしいっ!
あの時、あのまま、上総(かずさ)んを放置して、峠くんと一緒に居続けたなら……。
果たして私は幸せだっただろうか。
でも、上総んは?
上総んを無視して幸せになれる?
とてもほっておける状態ではなかった。
私自身が、見過ごせなかったと思う。
だから、これでよかったんだ。
誰も悪くない。
私は自分にそう言い聞かせる。
「充分幸せですよ。上総んは優しいし。山崎先生も親身になってくださるし。研究は順調だし。」
自分では笑顔を作ってるつもりだった。
「そんな顔で幸せって言われても、ね。力不足を感じるよ。ま、気長に行こうか。」
山崎医師はそう言って、私の肩をポンポンと叩いた。
11月1日、美子さんは上総(かずさ)んの番頭さんデビューをした。
もちろん紹介した手前、心配ではあったけれど、所詮私は部外者。
初日を終えて上総んと美子さんが出て来るのを待って、銀座のフレンチで乾杯した。
「まずは、お疲れ様でした。如何でしたか?」
上総んが極上のほほ笑みを作って、美子さんにそう尋ねた。
「はい。出待ちのファンとは違って、もっと年輩のお客様が多いと思ってたのですが、上総さんのお客様ってお若いかたが多いんですね。驚きました。シャネルのスーツとエルメスのバッグ、今日だけでいくつ見たかしら。」
美子さんの感想に上総んはぽかーんとし、私は吹き出すのを堪えた。
さすが、美子さん。
すごくよくわかるわ、それ。
実際、上総ん……というか、未婚の人気役者のファンはブランドで武装してるお嬢さんが多い。
まあわかりやすい価値観だとは思うよ、うん。
でも私はそういうところにも馴染めない。
上総んはブランド品なんか当たり前の世界で生まれ育ったヒトだから、何の抵抗もないらしい。
私に不似合いなロレックスやブルガリを買い与えるのも当たり前だと思っている。
……手錠や首輪のように、私には重荷なんだけど。
美子さんも、平気なんだろうな。
実際、美子さんは水を得た魚のように活き活きしていた。
やはりもともと歌舞伎が好き、上総んのファンだったというのも大きいかもしれない。
今も、うっとりととろけそうな瞳で上総んに見とれている美子さんに、私は少し安堵していた。
うん!
大丈夫そう!
……てか、別の不安が生じそうだな。
上総ん、美子さんに食われちゃったりして。
帰路の途中で美子さんと別れて、上総んの家近くに戻ってきた。
「お茶漬け食べて帰ってい~い?」
上総んは、大食漢というわけではないのだが、洋食の後には〆(しめ)にお茶漬けを食べたがる。
「うん、そう言うと思ってた。寄ってくんでしょ?」
いつもの割烹。
……峠くんのいない、あの割烹。
上総んが朗らかに、ドアを開けた。
「こんばんは~。」
そして、すぐに声を挙げた。
「わっ!びっくりした!え!?どうしたの?帰ってきたの?お帰り~!」
まさか……峠くん?
上総んの背中で前が見えない。
でも、背伸びすることも、横から覗きこむこともできない。
てか、逃げ出したい気分。
一人でドキドキしてると、上総んが中に入りつつ、私の手を引いて招き入れてくれた。
いつもしてくれることだけど、今は恥ずかしいっ!



