山崎医師は、私の顔を覗き込んだ。
「美子さん。ゼミの先輩でしたね。……確か、けっこうなトラブルメーカーだと聞いてますが。」
加倉に聞いたんだな。
私は苦笑しながら説明した。
「まあ、ちょっとずれてらっしゃるから、我々庶民に混じると、確かにイロイロ問題も起きますけど、かわいいヒトなんですよ。てか、元々歌舞伎もお好きで、どういう世界かもよくわかってらっしゃるからちょうどいいかもしれない。今、家事手伝いだし。」
ふーん?と意味深な相づちを打ちながら、山崎医師は身体を起こした。
「ああ。コレ、召し上がりますか?クロワッサン。」
突然そう言って、山崎医師は紙袋を取り出した。
「クロワッサン?」
袋の中を覗き込むと、可愛い華やかなペーパーナプキンにクロワッサンがいくつも入っていた。
「これ、手作り?」
「ええ、妻(さい)が焼きました。かなり美味いんですけど、尋常ならざるバターの量を見てしまうととても手が付けられなくて。紫原さんなら太るの気にしないでしょうし。どうぞ。」
尋常ならざるバター?
「あの、バター、苦手なんですけど。」
「大丈夫。発酵バターなので美味いですよ。どうぞどうぞ。」
ずいずいと目の前に突き出され、仕方なくいただいた。
……めちゃくちゃ美味しかった。
カリッ、サクサクッ、フワッ、ジュワッ!
「えー!すっごくすっごくすっごく美味しいんですけど!何?これ!奥様、プロ!?」
驚いてそう叫ぶと、山崎医師はニッコリと満足そうにほほ笑んだ。
「いえ。普通の素人ですよ。材料費と手間と時間がかかるだけで、誰でも作れるらしいです。……7時間ほどかかってます。よかった。お気に召して。どうぞ、持ち帰ってください。」
7時間?
「そんな、愛情たっぷりこもった力作、私なんかがいただいてよろしいんですか?」
そう聞くと、山崎医師はこともなげに言った。
「元々、私の為じゃないんですよ。偏食の私の後輩の為に作ってもらった残りものです。押し付けて悪いけど、どうぞ。」
「ありがとうございます。奥様と仲良しなんですね。よかった。」
何となくそんな風に言ってしまった。
加倉との別れで山崎医師が傷ついていたようなので、心配だったのかもしれない。
山崎医師は、ちょっとためらってから口を開いた。
「もともと仲良しなんですよ、妻とは。でもどんなに仲睦まじくても心は満たされない。……紫原さんなら、わかるでしょう?」
そう言われて、私は激しく動揺した。
「……わかりたくありません。」
目を閉じてそう言った。
山崎医師は慌てて取りなした。
「ごめんごめん。それならそれでいいよ。」
謝られても却ってばつが悪い。
目を開けてうつむいてると、山崎医師はもう一度謝ってきた。
「ごめんね。あの時、紫原さんに無理させた結果がこうだ。……今は君だけが患者だから、できたら君の幸せだけを考えてアドバイスしたいと思ってる。『今さら』って、怒らないでね。」
「美子さん。ゼミの先輩でしたね。……確か、けっこうなトラブルメーカーだと聞いてますが。」
加倉に聞いたんだな。
私は苦笑しながら説明した。
「まあ、ちょっとずれてらっしゃるから、我々庶民に混じると、確かにイロイロ問題も起きますけど、かわいいヒトなんですよ。てか、元々歌舞伎もお好きで、どういう世界かもよくわかってらっしゃるからちょうどいいかもしれない。今、家事手伝いだし。」
ふーん?と意味深な相づちを打ちながら、山崎医師は身体を起こした。
「ああ。コレ、召し上がりますか?クロワッサン。」
突然そう言って、山崎医師は紙袋を取り出した。
「クロワッサン?」
袋の中を覗き込むと、可愛い華やかなペーパーナプキンにクロワッサンがいくつも入っていた。
「これ、手作り?」
「ええ、妻(さい)が焼きました。かなり美味いんですけど、尋常ならざるバターの量を見てしまうととても手が付けられなくて。紫原さんなら太るの気にしないでしょうし。どうぞ。」
尋常ならざるバター?
「あの、バター、苦手なんですけど。」
「大丈夫。発酵バターなので美味いですよ。どうぞどうぞ。」
ずいずいと目の前に突き出され、仕方なくいただいた。
……めちゃくちゃ美味しかった。
カリッ、サクサクッ、フワッ、ジュワッ!
「えー!すっごくすっごくすっごく美味しいんですけど!何?これ!奥様、プロ!?」
驚いてそう叫ぶと、山崎医師はニッコリと満足そうにほほ笑んだ。
「いえ。普通の素人ですよ。材料費と手間と時間がかかるだけで、誰でも作れるらしいです。……7時間ほどかかってます。よかった。お気に召して。どうぞ、持ち帰ってください。」
7時間?
「そんな、愛情たっぷりこもった力作、私なんかがいただいてよろしいんですか?」
そう聞くと、山崎医師はこともなげに言った。
「元々、私の為じゃないんですよ。偏食の私の後輩の為に作ってもらった残りものです。押し付けて悪いけど、どうぞ。」
「ありがとうございます。奥様と仲良しなんですね。よかった。」
何となくそんな風に言ってしまった。
加倉との別れで山崎医師が傷ついていたようなので、心配だったのかもしれない。
山崎医師は、ちょっとためらってから口を開いた。
「もともと仲良しなんですよ、妻とは。でもどんなに仲睦まじくても心は満たされない。……紫原さんなら、わかるでしょう?」
そう言われて、私は激しく動揺した。
「……わかりたくありません。」
目を閉じてそう言った。
山崎医師は慌てて取りなした。
「ごめんごめん。それならそれでいいよ。」
謝られても却ってばつが悪い。
目を開けてうつむいてると、山崎医師はもう一度謝ってきた。
「ごめんね。あの時、紫原さんに無理させた結果がこうだ。……今は君だけが患者だから、できたら君の幸せだけを考えてアドバイスしたいと思ってる。『今さら』って、怒らないでね。」



