ほとんどパラダイス

「それがそうでもないんです。なまじ家業だから緩いらしくて、週に1度のゼミにだけは顔を出すんですって。もぉねぇ……池尻嬢の新婚アピールは微笑ましいんですけど……園田氏の視線まで管理してるというか……今までより睨まれる回数が増えてしまいました。」
「おやおや。結婚してもまだ余裕がないんだね、かわいそうに。でも紫原さんは睨まれるだけかもしれないけど、旦那のほうは泣かれて責められて大変だろうね。お気の毒。」
そう言って、山崎医師はクスクスと笑った。
……そうかもしれない。

「で、中村上総丈のほうは如何ですか?ご結婚されたんですよね?ぼっちゃん。」
山崎医師にそう聞かれて、思わずため息がこぼれた。
「ええ。結婚されたので、ぼっちゃんから若旦那に呼称が変わったそうです。それはいいんですけど、上総んに専属の番頭さんを付ける話が出て、ものすごーく困ってます。」

上総んの師匠のご子息、本当は上総んの甥っ子に当たる若旦那は、相変わらず舞台では光らないが某銀行の重役ご令嬢を若奥様にお迎えし、順風満帆な人生を送ってらっしゃる。
……と言いたいところだが、この若奥様、けっこうな遊び人だったらしく、素行と交友関係の悪さを取沙汰され、なかなか評判が悪い。
しかも上総んに対しても気があるらしく目に見えて媚び媚びなのを憂いた舅、つまり上総んの師匠で本当は腹違いの姉の夫が、なるべく間違いが起こらないようにと自分たちとは別の小屋に上総んが出演するように画策しているようだ。

そうすると、大変なのは番頭さん。
ここにきて、上総んの人気がまたさらに上がってることもあり、とうとう新たなヒトを雇うように言われてしまったらしい。

「上総丈は、紫原さんに気を遣って、女性ではなく男性を探してらっしゃるのですか?」
「いえ。そもそも、誰も探してないんです。私にして欲しいらしくて。絶対、嫌!って言ってるんですけど。」
「あ~。それは止めたほうがいいな。また紫原さんの心に負担がかかりすぎてしまう。ドクターストップって言っておいてください。」
山崎医師にそう言ってもらって、私は心底ホッとした。
「ありがとうございます。」

……もちろん、上総んと一緒にいたくないわけじゃない。
でも、あまりにも目立ち過ぎる。
2人で行動するだけでも、ネットの掲示板であることないこと書かれてしまう。
化粧してなければ地味な女と叩かれ、化粧していてもブランド物を持ってないとか着てないとか叩かれる。
うんざりだ!

「ほんと、歌舞伎役者の奥様とか番頭さんとか、よっぽど心が強くないか、自分に自信がないと無理ですよね。立派に勤めてらっしゃるかたがた、マジで尊敬しますわ。」
私がそう言うと、山崎医師は肩をすくめた。
「どうかな。自己顕示欲の強い女性は嬉々としてやりたがるんじゃない?けっこういるんじゃない?いつも綺麗に着飾って、人当たりよくて、かわいく自分を解放できる要領のいい女性。」

そう言われて、1人思い当たった。

「いた。美子さん。」

そうだ。
美子さんなら、うまく立ち回れるんじゃないだろうか。