ほとんどパラダイス

「美子さん、赴任した時にも、不倫してた野田教授のコネで入れてもらってって言われたんですもんね。不倫のイメージがついてるのかな。」
まあ、それは事実なんだけど。

美子さんは、握りつぶした缶をゴミ箱に投げつけようとして、分別ルールに反することを思い出したらしい。
足元に転がして置いて、次のビールを開けながら言った。
「たぶんね。あんまりくやしいから、本当に館長とヤッちゃった。そしたらあの館長、歯止め効かないヒトで、あっという間に周知されて。」

「……あ~……。」
結局、それが理由か。
どこまでも美子さんらしくて苦笑した。

美子さんはビールを飲みながら、ジッと私を見ていたけれど、おもむろに言った。
「うん。やっぱり、変だわ。紫原さん、ちゃんと話聞いてくれてるし、相づちも打ってくれてるけどね、表情がないの。」

そうなのか。
自覚はないけど、さすがに心配になってきた。
両手で両頬をマッサージしてみたけれど、特に皮膚がかたいとも感じなかった。

美子さんに促され、山崎医師にメールしてみると、しばらくすると電話がかかってきた。
『紫原さん?連絡お待ちしてましたよ。』
どういう意味だ?
「ご無沙汰いたしております。何か、先触れありました?」
『いや。そろそろ限界かな、って。』
「予兆?……経験による勘?ですか?」
山崎医師は、至極真面目に言った。
『春ですからね。』
春鬱(はるうつ)ってこと?
何だか釈然としなくて黙ってると、電話の向こうで山崎医師が笑った気がした。
『冗談ですよ。お待ちしてます。今日でも明日でも明後日でも。』




再び山崎医師の患者になって半年が過ぎた。
相変わらず意固地に薬の摂取を拒否し続けたけれど、週に2度のカウンセリングは楽しかった。
たぶん私が壊れずに自分を保っていたのは、山崎医師のお陰だと思う。
山崎医師は、6月にご結婚されて副院長になった。
……てゆーか、今年は結婚ラッシュらしい。

夏休みには、同じゼミの園田氏と池尻嬢が結婚した……これにはマジでびっくりした。
園田氏のお父上が末期癌と診断され、園田氏は急遽お家の会社に入ることになったようだ。
池尻嬢は大変な園田氏を支え、園田氏のご両親に気に入られ、お父上のご存命のうちに……と、急ぎ結婚式を挙げたのだそうだ。
心から祝福するけど、後から美子さんに微妙な話を聞いた。
……園田氏と池尻嬢は、何年も前から身体の関係だけはあったらしい。
最初は酔った勢いでの行為だったけれど、それをきっかけに池尻嬢は園田氏を想うようになった。
が、園田氏は私が気に入っていたので、池尻嬢と付き合うつもりはなく……自分の都合のいいように彼女を扱ってきた、ということだ。

「他人事(ひとごと)なんですけどね、何てゆーか、釈然としないんです。そりゃ、池尻嬢が私を目の敵にするはずやわ、って。いや、もちろん私は園田氏に何の気持ちもないんですけどね。私、悪者?みたいな。」
山崎医師にそう愚痴る。
「まあね、男と女も、男と男も、この世の中にお互いしかいないわけじゃないから、そりゃあ赤い糸も混線しますよ。でもよかったじゃないの、めでたく結婚されたなら。男のほうは家業を継ぐなら、もう顔を合わせなくていいんでしょ?」

男と男はレアケースだけどな、と苦笑する。