ほとんどパラダイス

加倉が苦笑して、箱ティッシュを放り投げてくれた。

「お前、上総と別れた時も、峠が東北行った時も、そこまで泣かなかったのに。そんなに俺が好きか?」
「峠くんのときは、あんたが泣くなって言うたんやんか!……好きやわ、阿呆!」
涙をぬぐいながらそう言って、箱ティッシュを投げ返した。



「結婚しようって約束したのに、ゲイのジジィに取られた。」
その夜、顔見世出演中の上総んに泣いてそう報告した。

上総んは沈黙のあと、ぼやいた。
『学美ちゃん?俺とは結婚しないって言い張ってるのに、いつの間に加倉くんとそういうことになってんの?』
「あぁん?言うてへんかったっけ?だって、加倉、楽だし。研究の刺激になるし。イイ奴やし。」
『もう!ちゃんと否定してよ!心配になるから!』
「あほか。」
軽くそう言ってしまう程度に、この時の私達はうまくいってると思っていた……表面的には。

『で、学美のほうはどう?進捗してる?』
「うん。おかげさまで、修論はもうプリントアウトも終わって、提出日を待つのみ。学会誌は、報告書のほうは提出した。論文は、修論の諮問が終わってからで間に合うし。D院試の勉強は……まあ、がんばってる。やるしかないし。」

そんなこんなで、今年は顔見世も正月休みもなし。
ひたすら勉強の予定だ。

「上総んは、祇園で羽根伸ばしてるみたいね。ほどほどにね。」

別に、かまをかけたつもりはなかったのだが、上総んは明らかに狼狽した。
『なっ!いや、あれは、そんなつもりじゃなくて……』

あれ?
あれ、ねえ?
あ、そう。
私の中で、心がねじくれた。
「別に言い訳しなくていいわよ。お好きにどうぞ。じゃ、私、忙しいから!」

『え!学美!待って!ねえ!』
「うるさいなあ。もういいってば。勉強したいの。じゃあね!おやすみ!」
『学美~!』

電話を切った後もイライラがおさまらない。
ばかばかしい。
祇園で生まれ育った、歌舞伎役者の落とし胤。
しかもあんなにもかっこよくって優しいんだもん、モテて当たり前だ。
そんなこと、はなっからわかってる。
今更、やきもきしても仕方ない。

……だから嫌だったんだ。
もう!
浮気するなら、バレないようにやれ!馬鹿!
開き直られるのもムカつくけど、私に悪いと思いながら流されて後から落ち込む上総んを想像すると……たまらなかった。




春になり、私は大学院の博士課程に進んだ。
公私にわたって支えてくれた峠くんは東北、加倉は滋賀へ行ってしまった。
淋しくないつもりだったけれど、明らかにレベルの下がったゼミはくそおもしろくなくってしまった。
しかも、今年のD研は私を敵対視している池尻嬢と、彼女が惚れてる園田氏のみ……その園田氏は私に気がある。

坂本氏は、栃木の地方自治体史の編纂事業に嘱託で入り込んだため休学してる。
何となく、そのまま辞めて就職を考えてるような雰囲気だったな。

「まあ、博論にふくらますには、あいつの研究は薄っぺらいから。」
と、私から見れば目くそ鼻くそな園田氏が偉そうに言っていた。

池尻嬢の見え見えすぎて寒い媚びのせいで、園田氏はすっかり天狗になってしまった。
てか、2人は、結構お似合いだと思う。
付き合えばいいのに。