ほとんどパラダイス

誤魔化しても無駄、か。
私は開き直って嘯(うそぶ)いた。
「好きじゃなきゃ楽だったかもね。……好きや。峠くんの優しさが好き。私を際限なく甘やかしてくれるところが、好き。……あ、加倉は私を甘やかさないところが、好きやわ。」

加倉がちょっと笑った。
「なんだよ、それ。頼むからそこに俺をいれないでくれ。と言いたいところだけど、意外と悪い気はしないな。俺も、紫原のことは好きだぜ。中身が女じゃないところが。」

「あ!じゃあさ!お互い定年になっても独身だったら、結婚しよっか!」
「はあ?何?それ。」
「うん。ほら、私の学部の担当だった松尾先生が、中世芸能史の吉岡賢造先生と、昔、そんな約束してたんだってー。」

そんな他愛もない話ができる加倉の存在は、本当にありがたかった。



その秋、私は学会発表で全国大会デビューを果たした。
修士課程(マスター)の若輩のくせに堂々と落ち着いた発表は、あとからネットで「可愛げがない」と叩かれたらしい。
が、もちろん面と向かって「可愛くない」と言われることはなかった。
上総んがいつもよりも念入りにメイクアップしてくれた顔は、まさにキラキラ輝くお姫様系美女……壇上に上がった瞬間、称賛と感嘆の声が上がったほどだ。

肝心の発表も滞りなく終わった。
参考文献や引用した論文に、中野大先生の未発表モノが含まれていたため、辛口の諸先生がたも無茶な突っ込みはできなかったようだ。
もちろんそれでも普通に質問はあった。
でも「質疑応答で負けるか!」……と、普段加倉とやり合ってるままにビシバシと答え続けた。
結果、私は顔に似合わず怖い女と思われたらしい。

「馬鹿ね。なんで、もっと上手に相手を立ててやらないの。あれじゃ、畏敬されても、招かれないわよ。」
懇親会の時、松尾先生にはそう言われたけど、中野大先生は終始ニコニコして褒めてくださった。
「少なくとも、あなたの若い頃よりはお上品でしたよ。いい発表でした。お疲れ様。」
中野大先生はいつも穏やかで優しくて、私はすっかりファンになってしまっていた。
「ありがとうございます!すべて、中野先生のおかげです。是非今後ともご指導お願いします!」 

「あら。紫原にしては珍しいわね。その調子で野田くんにも媚びてあげなさいよー。慕われてない、って不満そうよ。」

「無理ですよ、媚びるのは。中野先生はお人柄も博識も、ほんっとうに素敵だから。」
ついそう口に出してしまった。
中野大先生が頬を染めてうつむかれた。

か!かわいい!
照れてらっしゃる!

「ちょー、何、反応してんのよ。イイ歳こいて、エロジジィ!」
松尾先生がそう揶揄してると、噂の吉岡先生が近づいてらした。

「君こそイイ歳こいて、嫉妬か?あさましい。中野先生に失礼じゃないか!痴話喧嘩は家でやりたまえ!」
……吉岡先生はロマンスグレーで一見落ち着いた紳士なのに、その声はやや甲高く……どこかセカセカしてオネエっぽかった。

「あら、吉岡くん、来てたの。この子の発表どうだった?」
松尾先生は、吉岡先生の憎まれ口を完全にスルーして、私を吉岡先生の目の前に突き出した。

ひょえ~~~っ!
値踏みされてる!
オカマに女として値踏みされてる気がする!