あっと思った。

 すぐ目の前にいた女性が、ハイヒールのパンプスでかくんとなり、転びそうになったのだ。
 
 女性の手には、赤ワインの入ったグラス。その先には背を向けた男性が立っている。
 咄嗟に飛び出して、彼女を支えた。

 中学まで部活でバスケをしていたから、反射神経はまあまあいいほうだと自負している。

 幸い彼女は転ばず、グラスの中身はぶちまけたものの、男性にはかからなかった。
 ばしゃっとそれを浴びたのは、私だ。


「だ、大丈夫ですかっ」

 近くいた人たちが驚いて、私たちに声をかける。


「あ、私は大丈夫です。お怪我はないですか?」

 助けた女性に尋ねると、すごく不愉快そうな顔をされた。

「ちょっとあなたね……」

 彼女の横からすっと手が出てきた。

「大丈夫?」

 差し出されているのは、ハンカチだった。
 きちりとアイロンがけされて、ぴしりと四つ折された紺色のハンカチ。

 受け取るのを躊躇している間に、同じアルバイトのスタッフがタオルを持ってきた。

「すみません、ありがとうございます」

「お騒がせして申し訳ございません」