優しい胸に抱かれて


ハンドルを握り、ブレーキに足を置く。シフトレバーをパーキングからドライブへ入れる。まだブレーキは踏んだまま。

一通り軽く説明され、再確認するように何度も呪文のように呟き、言われたとおりブレーキに右足が乗ったままでいた。

敷地内とはいえ、教習所以来の運転はそれでなくても息が詰まりそうになった。

『いいよ、ブレーキ離して。大丈夫だって』

こくりと頷いて、生唾を飲んだ。ゆっくりとペダルから足を離すと静かにタイヤが回り始めて車が動く。

『う、動いた…』

『ははっ。そりゃ、動くよ。まずは真っ直ぐ。アクセル踏める?』

首を左右に振るのが精一杯で、両手に握ったハンドルに力が入る。


『む、無理っ、怖い…』

『軽くでいいから、まずは一周しよう。このままだと歩いた方が早いって。ほら、大丈夫だから』

恐る恐る右足をアクセルに乗せる。緊張し過ぎて足が吊りそうになるった切羽詰まった爪先に力を込めた。クリープ現象でのろのろと頼りない動きをしていた車が勢いづいた。


『そうそう、そのまま。裏回って建物の前行って』

直進はできてもコーナーはどの程度ハンドルを回せばいいのか戸惑っている、彼の手がハンドルに添えられて、ふらついていた動作に安定感を取り戻す。そのまま走らせ建物正面を通り過ぎ、駐車場の真ん中まで戻ってきた。

『その調子。もう一周しよっか?』

変わらず、曲がるところは覚束ない私のハンドル裁きに、彼の手が加えられ、何度か駐車場をぐるぐる回った。


『あはは。お疲れ、緊張し過ぎだって』

放心する私の体に締められたシートベルトを笑いながら外してくれた。

『怖かったけど楽しかったです』

『それならよかった』

かちこちに固まった背中に痛みを感じる。車から降り、自由になった体を伸ばした。伸ばしながら、教習所に通っていた頃を思い出した。