優しい胸に抱かれて


まだ帰りたくないと思ってしまっているのだから、私はおかしくなってしまったのだろう。どうかしているのだろうか。

行きと比べ帰り道は暗いことも手伝ってか、口数が減る。


『主任…』

『ん?』

声を掛けたのに続く言葉が見つからない。


『何?』

『あ、いや…。えっと、運転疲れませんか?』

『全然』

『そうですよね…』

遠出する人間がこの距離で疲れるわけがない。そんなことが言いたいんじゃないのに、すんなり出てくるわけがなく心の中に留まった。

次に静かに口を開いたのは私ではなく彼だった。

『運転、してみる?』

『えっ…? いやいや、してみたいって気はしますけど、…無理です! ぶつけちゃいます』

『あはは、ぶつけるの前提かよ。公道は俺だって責任持てないけど、敷地内なら大丈夫だろ? オートマだし』

大丈夫の意味が私が考えていることと大きく違う。私は彼が大事にしている車を壊してしまわないかと、彼は道路じゃなければぶつけても単独だと。


『む、無理です。無理無理っ』

『会社の駐車場なら今日は休みだから車はいないし、広いし、照明あるから明るいし。ちょうどいいんじゃないか?』

オートマ車だとか、ちょうどいいとか、広いとかそんなんじゃなくて、免許を取ってから満足に運転などしたことがない。腕がないとかセンスがないとか、それ以前の問題だった。

まず、財布に入れっぱなしの免許証が果たして本当に入っているのかの確認をしていると、隣で『やる気になった?』って、意地悪な笑みを見せた。


無理、怖いと言い続けた私の必死の抵抗はどうやら聞き入れてくれなかったらしく、会社の駐車場のど真ん中で助手席から降ろされた。