『夏は観光客なのか人が結構来るんだよ、おかげで黄昏たくてもできないんだけどさ』
『黄昏…。1人で黄昏…、心配されちゃいますね?』
『心配って、あはは。見ず知らずの人間に心配するかどうかはわからないけどさ、男が1人でぼけーっとしてたら怖いだろ?』
『んー、主任なら大丈夫です』
『あはは、大丈夫って何だよ。それは、俺のことを知ってるからだろ? 知らないとただのヤバい奴だぞ』
『主任は怖くないし、ヤバくないですよ?』
見た目からして、黄昏てようがぼけーっとしてようが、全然変ではない。知らない人からみたってヤバいとは思わないだろう。
『…うん、まあ、そういうヤバいじゃないんだけど。まあいいか』
前髪をいじりながら浮かない顔をして見せ『そろそろ落ちる…』と、ゆっくり私から視線を外す。その瞳を追いかけて目の前に広がる夕焼けが眩しかった。
今にも海に落ちそうになっている夕陽は、揺らめく海面を真っ赤に輝かす。反対の東の空から群青色に次第に染められていき、空一面に絵の具をこぼしたかのようなグラデーションが広がっていた。
『綺麗…』
『何もかもちっぽけに感じる、この瞬間が好きなんだ』
分かる気がする。だから、連れてきてくれたのだろう。
柵に体を預け、前のめりになった姿勢でこちらを見上げた彼の、切なそうに眉を歪めた顔と視線がぶつかって、どきんと心が波打つようにさざめいた。
何かに突つかれたみたいに、心の奥に痛みが走る。
逸らせないでいる瞳の向こう側。
水平線へと消えていく夕陽はまるで、何もかも見透かしていたのか、とっておきの光を放ち名残惜しそうに、ぽちゃんと音を立て海の中へと沈んでいくようだった。
一日の役目を終えようと、最後の光を照らしていた。また明日、と挨拶しているみたいに、オレンジ色の空を残して消えていく。
『そろそろ帰ろうか?』
彼がそう切り出した時にはすでに辺りは薄暗く、長い夜の始まりを告げようとする闇に三日月が浮かんでいた。



