優しい胸に抱かれて


車に乗り込み、しばらく走って、おもむろに彼が口を開く。

『どっから、それ出てきた?』

コートを指さして、呆気に取られた様子で『道理でデカいはずだよ、まさか違うコートが出てくるとは思わないだろ』なんて、目を大きくさせた。


『スーツのコートと、普段着のコートは別なんです。主任だって今日はジャケットですよ?』

『…俺が言ってるのはコートが違うとか、そういうことじゃないんだけどさ』

『…?』

首を捻る私に、彼も首を傾け『そんなデカい鞄背負ってると家出だと思われるぞ?』って。意味がよくわからなくてじっと見つめていた。


『家出するような年じゃありません』

『…だから、そういうことじゃないって』

『え…、どういうことですか?』

そう聞き返すと顔を赤らめ、ごにょごにょと歯切れが悪くて聞き取れなかった。

『…主任、どうしたんですか?』

『運転中はこっちをそんなに見ないの、緊張するから』

それで耳まで赤くなってるんだ、と、ぱっと視線を逸らす。言葉にされるとこちらまで緊張してしまう。

『あっ、ごめんなさい…』

『謝らなくていいって。人乗せてるってだけで、ちょっと緊張する。まあ、連れ出したのは俺なんだけどさ』

隣を盗み見ると照れ笑いを浮かべていて、またすぐに視線を戻す。緊張すると言われても正直、イメージが沸かなかった。私が知っている彼は、常に堂々と前向きだったからだ。

なぽりで話してくれた、入ったばかりの頃は話し下手で緊張したって。それと朝の話しといい、どこか嘘臭くて本気で信じていなかった。


『主任は今でも緊張するんですか?』

『あはは、そりゃ緊張するよ。人を何だと思ってるんだよ?』

『だって…。いつも、しゃきっとしてます』

『柏木も最近はしゃきっとしてるよ』

信号が赤に変わり、車が静かに停車した。その隙に視線を感じて彼の方を見ると、口元を緩めてこちらを見ている彼の目線とぶつかった。