優しい胸に抱かれて


『主任っていったって名前だけってこと。主任なんて肩書きはみんな持ってるだろ? 柏木だってあと2年も経てば主任になってる。主任なんてのは誰もが行き着けるんだ。例えば、柏木や平、俺らが失敗してもその責任を取るのは、係長や課長や部長だ。柏木たちでも俺らでもない』

『はい…、そうかもしれません』

『柏木や平が何かやらかしても、俺はまだその責任を取れない。大して出来もしないのに、言いたいことは言って偉そうで。だからって自分の仕事に無責任ってことじゃないんだ。だけど、責任も取れないのにさ、柏木たちの上司って。可笑しいだろ?』

『…可笑しく、ないです。出来ないなんて思ってないです』

『それは、まだバレてないだけ。俺は建築士としてまだ何もやっていない、共同設計ばかりでまだ一人で設計を任されることもない。自分でやったことですら自信がなくて、責任も取れないで、それを誤魔化してるだけ。柏木が思ってる程、俺は優しくはない』

言葉を一つ一つ選びながら、胸の内を絞り出すかのように淡々とした口調だった。瞼に乗せられたタオルでその表情を伺い知ることはできなかった。

いつも頼れる先輩だった彼が吐いた弱音。


『主任が自分でどう思ってようと、私は、…主任は優しい人だと思ってます』

『タオル替えようか?』

私が優しい人と言ったことには返事をせず、誤魔化すようにそう言った。


すっかり温くなったタオルを奪われてクリアになった視界。

『…あと、ぐちゃぐちゃになりながら歩いて帰らないで、そういう時はタクシーに乗ること』

と、頬を緩めて『これでおあいこだな、お互い弱いところ見せ合ったんだからさ。負い目は感じないだろ?』そう付け足して、タオルを手に寝室から出ていった。


正真正銘の嘘つきだ。気を遣わせないように、優しくないなんて本当に質の悪い嘘だ。それが優しさじゃなかったら、何だというのだろう。

次に会社で顔を合わせば少なからず、迷惑を掛けてしまった彼に負い目を感じてしまう。気にしなくていいと言われても気にしてしまう。

それを抱かせない為の、紛れもない優しさだった。