優しい胸に抱かれて


『柏木! 机の上をお菓子でとっちらかしてんじゃないぞ!』

『え…?』

声がした方に顔を向けると、隣に立つ前川さんが私の机の上を凝視していた。

それに気づいてぱっと下ろした視線の先には、たくさんのチョコレート菓子がプリント用紙の上に散らばっていた。

みんなが声を出して笑っている中、焦った顔の前で両手を合わせている平っちの仕業だと思ったけれど、あまりにも怖い形相でこちらを睨んでいるから下手に言い訳もできず。

『あ…。いや、これは…。ま、前川課長も食べますか?』

食べるわけがないのに、またとんでもないことを口走ってしまった。まだ何も言われていないのにも関わらず、私は体を窄めた。

『じゃあ…、一つ貰うとするか』

『…え?』

予想外の一言に、狐に摘まれたかのようにぽかんと口を開け放してしまう。てっきり呆れられて終わりだと想定していた。ある意味、期待を裏切られた反応だった。

『何だ、くれないのか?』

『あ、いえ…』

さっと摘み取ったチョコの包みを手渡すと、袋を歯で開けて指で押し上げたチョコを、そのまま口の中へと吸い込んだ。

『まあ、たまには甘いものもいいな。お前らせいぜい日曜日まで足掻けよ。じゃ、帰るから。お先』

と、彼と日下さんへ圧力を掛けるとポケットに片手を突っ込み、もう片方の手には鞄をぶら提げ踵を返す。『お疲れ様でした』と、帰る背中にその場にいた全員が声を掛ける。

昼間の事には誰も触れなかった。何事もなかったかのように普段と同じ日常が繰り返されていた。

前川さんのあの会議室での言葉といい、この態度といい。本当にいなくなってしまうんじゃないかと、もう最後なのかもしれないと感じていた。

それまで前川さんの下で基礎を叩き込まれていたが、月曜日出社すると前川さんの姿はなく、私の教育担当は島野さんに替わっていた。

『あの人の下で習ったんなら、俺から特別教えることはない』

島野さんは任務を放棄するようなことを言っておきながら『鈍い奴にはマンツーマンだ。意味が分かるか? スーパーマンじゃないぞ』と、小馬鹿にされつつも、細かな個所を丁寧に教えてくれた。


そして、二人に試験はどうだったのかは誰も訪ねなかった。失望したような沈んだ顔が並んでいた。昼を過ぎた頃にはケロッとしてはいたが、誰もが結果が思わしくなかったんだと捉えていた。

特に私は『頑張ってください』なんて言っちゃったから、落ちちゃうんじゃないかって密かに気を揉んでいた。