優しい胸に抱かれて


彼のあの口止めはこれが理由で、私が知ってはいけないことだったのかもしれない。

解ったのは、やっぱり聞いてはいけないことだったってことだけ。それを顕示しているかのように手の平で汗が滲む。

『結局、何があったかは教えてくれないんですね』

『仕事以外のことだと言っただろうが。お前らには無関係だ』

『例え辞めさせられても。俺、前川さんについて行きますよ』

『俺も』

『お前らな、簡単に人生決めるな。若いんだし将来があるんだ、可能性を捨てるな。それに、まだ決まったことじゃない。そう焦るな』

みんなが辞めてしまう、いなくなってしまう。掴み掛けた大切なものが消えた喪失感かのように、掴んでいた袋が手から離れヒラヒラと床に舞い落ちた。


『あっ…』

『誰だ、そこにいるのは』

咄嗟に口を手で隠したが間に合わず思わず漏れた声に、会議室の中にいる前川さんが反応を示した。

ゴミ袋は拾われることなく、目の前の扉がガチャッと開いたのは言うまでもなく、開けた空間には硬い表情を向ける5人の姿があった。

端から端まである大きくて存在感のあるテーブルの前で、立派な椅子が何十脚もあるのにそれには座らず、立ち話をしていたようで、全員に見下され私はぎゅっと目を瞑る。

『すみませんっ…』

これ以上下がらないというくらいまで頭を下げ、とにかく謝った。

『…顔を上げろ。何を謝っているんだ? また失敗でもしたのか?』

前川さんの意表をついた穏やかな口調に、静かに顔を上げた。


決心してゆっくりと開いた瞳に映し出されたみんなの姿。そこには一瞬だけ見せた堅苦しい表情はどこにもなかった。

『あの…、えっと』

『何だ、お前は盗み聞きが趣味なのか?』

『柏木ー、お前そんな顔してほんとは厭らしい女だったんだな』

『お前アブノーマルだったのか。そういう一面があったのか?』

状況に着いていけなく、きょとんとしていると前川さんが口を割る。輪を掛けて佐々木さんが冷やかす。それに便乗したのが島野さん。

『それ以上言うと、二人ともセクハラで訴えられますよ』

『工藤、それってこいつに訴えられるってことか? マジ勘弁』

嫌そうに言う日下さんは本当に嫌そうな顔をしていた。

『何でもパワハラだのセクハラだのと言えばいいと思いやがって』

切迫した空気は開いた扉から循環されたのか、みんなが笑い声を上げていた。