優しい胸に抱かれて

「な、何で俺が…」

「お前が一番適任だからだ。頼んだぞ、言っておくが上司命令だ」

「職権乱用じゃねぇかよっ!」

「これも社会勉強の一環だ。あと一時間もないぞ?」


がしがしと頭を掻き毟る俺に、喫煙所まで着いてきた平は同情の眼差しを向け、タブレットを差し出してきた。


「だから言ったでしょ?怖い、って」

「お前の怖いとはニュアンスが違うけどな」

「それも含めてですよ」

「…キーボードはねぇのか?」

「ありますよー。この2点セット、便利なんですよね。持っているだけで仕事ができると勘違いされやすくて、女の子受けがいいんです」

「…くだらねぇ。プアーな発想」

平からタブレットとワイヤレスキーボードを奪い、テキストエディタを開くや否や、選んだ言葉たちを早くも打ち始める。


「日下さんの時のターゲットは誰でしょうね…?」

「心配すんな、呼ばねぇよ!」

「ははっ、俺の時も呼ばないでおこうかなー。でも、招待してないのにあの人たちなら押しかけてきますよ?」

「誰とすんだよ、お前は…?式場は厳重チェックさせる。絶対に入れない」

「ってことは、結婚。するってことですか?」

「そーなるな…」

調子に乗って受け答えてしまったことに、はっとし、手を止めた。


咥えた煙草の灰は結構な長さになっていて、慌てて灰皿へ落とす。


ニタニタとだらしない顔をさせる平は、俺の隣へと視線を移し、満面な笑みを作った。

「だそうですよ?」

「あ…、えーと…」

しどろもどろな彼女は、未だ、綺麗に飾られたブーケと緑の物体を持ち、まごまごしている。


正直なところ、部長の無茶振りに何とか逃げ果せ、胸を撫で下ろしたのは否定しきれない。

身近な友達が結婚する。友人として式を盛り上げようと一役買っていて、その相談に乗ったり、実際ドレス合わせに同行している。

自分はその間に誕生日がきて、柏木より一足先に30歳を迎えた。

どんな心情か、わかるからこそ敢えて触れずに数ヶ月過ごしてきた。そして、数ヶ月俺もそればかり考えていた。