優しい胸に抱かれて

「別に。まぁ…、そんな口実でもなけりゃ、昼飯一緒に食うとかできねぇか。…俺も最近帰り遅かったし」

胸ポケットから取り出した箱を揺する。最後の1本を唇の間に挟む。


「誰の結婚式か、わからねぇような別人メイクはすんじゃねぇぞ。女のメイクは怖えぇからな」

「ひどい…」

話題を変えられたことに気づきもせず、柏木はわかり易く不満を眉間に刻む。


「ちょうど煙草もねぇし…、これ吸ったら行くから先に行ってろ」

ライターを近づけ火を点けた。視界の端で柏木が顔を綻ばしたのが見えた。


「わかりました、待ってますね!」

背中を見せた柏木の、空中を踊るような歓喜の声が耳に届いた。


正直、面倒くせぇ。けど、悪くないなと、口から煙を押し出し感慨深げに空を見上げた。

「2年か…」



現在進行形で付き合っている女と出会ったのは、北海道の短い夏。2年前のちょうどいま時期。

どういうわけかその女ってのが、柏木の大学時代からの友達。

最近帰れないことが続いたことと、俺はこんな調子だから淋しいのか不安なのか、柏木が話相手になっているのは知っている。

当の柏木は式の相談に乗ってもらって助かると、迷惑どころか喜ぶ次第だ。きっと、今日の昼飯もそれ絡みだろう。

女同士、いい関係を保てているらしい。


彼女の心情は俺ではなく、柏木が一番よく理解している。それについて不満がないと言えば嘘になる。

だからといって、ぶつけられても、俺にはどうすることもできない。


最後の1本となると、なぜか気持ちが逸り無性に吸いたくなる。惜しみながらギリギリまで吸い上げた煙草を捨て、すっかりベンチと同化してしまいそうな腰を持ち上げた。



10月。工藤と柏木の結婚式当日。予想に反して天気がいい中、執り行われた。快晴だろうと外へは出ないのだから、悪天候だろうが心配に及ばない。


チャペルで穏やかな曲が流れた途端、まだ当人たちが登場していないのにも関わらず、隣に座る彼女が泣いた。