優しい胸に抱かれて

 そうだ。森田さんはコーヒーにはミルクとお砂糖を入れなければ、苦くて飲めない。と、いつだったか注意をされた記憶があったような、なかったような。

 それよりも、どうして今になって森田さんが現れたのか。その疑問に頭が持っていかれる。

 パラパラとめくるメモ帳の音だけが、この作業場に響いている気がして、気持ちばかり焦る。めっきりそこのページを確認することもなくなって、どこに書いてあったか探すのが一苦労。

「どこだっけ…、最初の方だったと…」

「…ここ」

 長い人差し指がピンクと水色のブックマークに触れ、捲られたページに置かれた指に目を見開く。難なく探し当てられ、顔を上げた。

「よく、わかってるだろ?」

 そう微笑んだ紘平はどこかしら得意げなのに、なぜか心は落ち着きを取り戻す。

 単純な心を叱るのはあとにしておこう。


 緊張した足取りでコーヒーを運び終え、応接室を出る。中の2人は未だ余所余所しく懐かしむような声を上げている。


「あれは、柏木か? よく使いもんにしたもんだ、骨のいる教育だっただろうに。あの頼りなさそうな奴が随分と勇ましくなったもんだなあ」

「そうか? あれはただの辛気臭くて、陰気で馬鹿な女なんだ」

 陰気って。聞こえた誹謗中傷に足を止め、扉の横に身を隠すように聞き耳を立てる。

「馬鹿か…」

「ああ、森田も知っての通り、ここは馬鹿な奴らばっかりだ」


 その場から動く気のない私を見つけた紘平が、静かに駆け寄ってきて隣に並び、壁に背中を押し当てた。

「紗希は盗み聞きが好きだな?」

「だって…」


「馬鹿ばっかりでどうしようもない」

 中から聞こえた部長の声に、苦笑いを押し殺す。


「その馬鹿な奴ら、…島野たちから電話をもらったんだ。島野と、佐々木と、工藤と。意外なのはあの日下も」

 森田さんの声に紘平の顔を見れば、瞳を伏せ力なく笑った。横からそろっと伸びてきた手は私の手を絡め取り、指と指を交差させた。