優しい胸に抱かれて

「…あれ? 島野さん、いつ戻ってきたんですか? 日下さんも…?」

「どっちも昼過ぎだ。てめえは起きてんのか?」

 気づけば夕刻で、顔を上げると2人が座っていて、あまりに静かでいつ戻ってきたのだろうと、首を斜めに向ける。細い目が更に細くなった。周りを見渡せば、外へ出掛けた全員が作業場にいた。

 
 電話が鳴れば対応していたし、そんなに集中してたつもりはなかったのだけれど。窓の奥では黄色く塗られた景色が広がっている。


 きょろきょろ見回していると、フロアから作業場を横切った年配の男の人が歩いてくるのが見え、来客だろうと、すかさず椅子から立ち上がる。

「前川はいるか?」

 白髪が目立つけれど、40代前半だろう。その男の人は威厳のある太い声で、パーティションの入り口から誰ともなく問いかけた。

 部長は今日はどうしたんだっただろう、帰ったのだろうかと、頭の中であるはずのない記憶を辿ろうとする。


 見る間に反応したのは島野さんで、音を立て慌ただしく立ち上がったにも関わらず、出した声はあまりにも控えめだった。

「…森田さん」

「え…?」

 その名前に、島野さんと呼ばれた男の人へ交互に視線を動かす。私だけではなく、今いる中で森田さんを知っている全員が同じように、一驚を喫し手が止まる。


 私たちの急変した態度で、周りへ緊張が伝わり他の人たちも息を潜める。静まり返った作業場の異変を察知したのか部長が姿を現した。

「久し振りだな、森田。少し見ない間に老けたんじゃないのか?」

「白髪染めという悪足掻きに出るお前とは違う」

 それを聞いた部長は少年のような笑顔を見せ「悪足掻きか」と、鼻で笑い飛ばした。


「柏木、コーヒー。お前にしか頼めないだろ?」

「え…? あ、はい」

 嬉しそうに笑う部長を見たからなのか、こんな無邪気に笑うことがあるんだと、気もそぞろにしている私に命じられたことが、一瞬、何のことを指したのかわからなかった。