優しい胸に抱かれて

 救急車って、家族に連絡するって。

 どういうこと。


「…島野さんっ、な、なにが…。何があったんですか?」

「工藤が、崩れた足場の下敷きになって意識不明の重体だそうだ。今、救急車で運ばれている」


 その台詞に、立ち上がったつもりだった。立ち上がっていなかったかもしれない。

 目は開いているのに暗然として、突然ブレーカーが落ちたかのように真っ暗に包まれた。

 不安なのか恐怖なのか、失望なのか絶望なのか。


 飛び出す勢いで心臓が激しく早鐘を打つ。

 心の底で悲鳴が上がり息苦しい。

 荒れた悲しみが爪を立て胸を引っ掻いた。

 
 そして、いよいよ心の中で何かが弾けた。


「うそ、いやぁーっ…」


 背後からの大きな衝突音に、短い叫び声が飲まれた。


「…椅子を倒すんじゃねぇって」


「…う、う、そ。うそ。嘘、ですよね…、島野さんっ! う、そ、…っ!」

「うるさいっ、受話器落としただろっ! 柏木っ、邪魔するな! 日下! 柏木を押さえとけっ。俺だって信じられないんだっ」

 激越な口調で鼓膜が破れるほど、爆発したように怒鳴った。けれど、私は島野さんの腕に必死にしがみついて離さなかった。


「嘘、うそっ…」


「…家は出ない。ったく、親の携帯くらい書け! 兄弟とかいないのか? 柏木! 工藤の兄弟は!?」

 動揺を抑えきれない焦りを滲ませた声が飛んでくる。


 背中から押さえつけられ、動きを封じられた私は言葉に出したのかさえ、わからなかった。

「お、ねえ、さん…」


 ジャケットのポケットが軽くなる。黒い物体が目の前を横切って、後ろで日下さんが何かを喋った。

「島野さん、柏木のスマホ」


「…[工藤]で登録されてないな。入れてないのか? 柏木、お姉さんの名前! 柏木っ!」


「…あ、あ、綾子、さん」

「これか…」

 電話機をプッシュする電子音がやけに遅く聞こえる。



「うそ…」


 処理する能力が追い付かない。

 瞳に映る光景は、残像のように時間を掛けて。聞こえてくる音全ては腹話術のように。ゆっくりと遅れてやってくる。