優しい胸に抱かれて

[名前の知らない人]は倉光一磨という、名前だったらしく、その人は口元に笑みを作ったまま、口を開いた。

「ここの部署は同期ってタブーみたいなもんだから、競わせるために入れるのに、片方は必ずいなくなる。呪いみたいだね」

「いなくなったはずが、どういうわけだか存在を知らしめるんだよな、俺の同期は」

「面白いね、どこに俺がやったっていう証拠があるわけ? ね? 柏木さん、それに、日下と」


 私へ向けたのか日下さんへ向けられたのかわからない微笑みは、血が通っていないみたいで、その不気味さに背筋が縛られたみたいに動けない。身震いがした。


 身動きできないでいる私の隣で、日下さんは気にも留めずお茶を口に含む。ごくんと喉を通過した音のあと、意外そうな明るい声を上げた。

「へぇ。俺の名前、憶えてるんですね。倉光先輩?」

「この前、ちらっとね。誰かさんの鳴った携帯覗いたとき、見えたからね。日下の名前が」

「俺もあの時、先輩のこと見てましたよ。反吐が出そうなくらい、柏木相手に底気味が悪い。って」

「なるほど、あの着信は計算か」

「じゃなけりゃ、掛けねぇし」

 それまであっけらかんとしていた日下さんは、態度を翻し無愛想に吐き捨てるように言った。


「おかげで落とせなかった」

「落とす気ねぇくせに? 悪ぃけど今、俺はこいつのお守り役だから、馬鹿な真似した奴に構ってる暇ねぇの。そっちで勝手にやってろ」

 と、放心している私の手からおにぎりを取り上げ、包んでいたフィルムの中に入れる。薬の入った紙袋を漁り、代わりに薬を手に持たせられた。

「面倒くせぇな、何で俺がお前の相手をしなきゃなんねぇんだよ。俺が現場行きてぇっての。体の調子が良くてもお前の相手は御免だ。薬飲め」

 呑気に薬を飲んでいる場面ではないのに、しつこく隣で「いいから、まず飲め」と、目が眩むほど声高に怒鳴りつけられ、渋々飲み込んだ。