優しい胸に抱かれて

 風邪なんてひいてないのに。熱はない、倦怠感もなければ、咳だってないし喉も痛くない。でも、先生は風邪だと言った。

「うん。風邪だね」

「…風邪、ですか?」

「熱あるね、喉も少し炎症起こしてる、ほんの少しね。食欲は?」

 微熱程度の体温を表示した体温計を見せられ、額に手を当てる。熱くはないなと眉を顰めた。


「朝は胸がいっぱいでしたが、今はあります。お腹空きました」

 カルテに滑らすペンの動きを見つめていると、記入を終えた先生は話を続ける。


「うん、まだ症状軽いね。風邪薬と喉の炎症抑える薬出しとくからお昼食べたあと飲んで。あと、2時間経っても熱下がらないようなら解熱剤、これも出しておくからね。今日は木曜日だから、ひとまず5日分。月曜日になっても治らなかったら受診して、その前に具合悪くなったら来てね」

 あれよあれよと説明に入り、頷き過ぎて後頭部が重い。先生の続く話の後半は誰ともつかないうちの社員の愚痴に近い。

「特にルミエールさんはひどくなってから受診したがるから、この時期は特に体調が悪くても受診しない。1日で治せって言われてもね、ひどくなる前にきてくれないと。柏木さんは偉いね」


 静まり返る病院を出て、隣接している薬局へと向かう。診察代より薬代の方が高く、点数の付け方よく知らないけれど、安いし病院大丈夫かな。

 心配しつつ、日下さんの待つ車へ戻りお礼を言って、それを話すと。

「…その説明だけで1080円は逆に高けぇ。ヤブじゃねぇか」

 自分のことのように悪たれながら車を走らせた。


 風邪と診断されて、風邪だけは困る。命が足りない。それに、日下さんの方が警戒してマスクをしちゃっている。納得のいかない私は何度も額に手を持っていく。

「ふらふらしてるくせに、本人が自覚してねぇじゃねぇかよ」

 ふらふらなんてしてないのに、そう思っていると。横目で睨む日下さんはやっぱり「面倒くせぇ」と、マスクに隠れて溜め息を吐いた。