優しい胸に抱かれて

 迎えた4月2日の朝。重たい瞼は触らなくてもピリッと痛くて、ひんやりとした空気がより刺激する。所々に灰色の厚い雲に覆われてはいるが、比較的明るい空。


 泣いたのも久し振りだけれど、空を見上げたのも久し振りだった。


 挨拶をしながら席に着くと向かいの席で腕を組み、こちらに目を向けた日下さんは片方の眉を歪ませる。

「ひでぇ顔。日頃からふざけた顔しるけど、今日は特にひでぇな」


 哀れむような表情で溜め息を漏らすのは島野さん。腫れぼったい瞼をこう表現する。

「潰れた饅頭みたいだな」

「潰れたお饅頭でも美味しいです」

 そう答えると、その隣で何言っているんだこいつ。というような顔をされた。


 佐々木さんは今日も来なかった。このまま、出社してこない場合、どうなるのだろう。


 朝礼を終え、フロアの外に歩き出した作業服姿の2人を追う。

「あっ、待って!」

 振り返った2人は首を傾ける。

「…どっちに用?」

「え…、あ、えっと…、工藤さんに…」

 名前で呼ぶべきなのか、いきなりは変。会社だし、平っちがいるからここは苗字だ。と、気まずい表情を向けている方を、ジタバタする手で指名した。


 一緒にいた平っちが気を遣って「先行ってます」と、声を掛け小走りで廊下を走って行った。


「昨日、ちゃんと部長に送ってもらった?」

「はい…。あの…、えっと、…今日、終わったら話があります」

「…遅くなるかもしれない」

 目を見ようとしない表情はどこか冷たくて、堪らず喉から声を絞り出す。

「ま、待って、ます…」

「わかった」

 と、困惑気味の表情を落とす。躊躇いがちに「…俺の代わりに調べて欲しいことがあるんだ」って、頼まれごとに目を見開いて頷いた私を見て、眉を落とし苦い笑いを見せる。

「紗希の話は、…いい話? 悪い話?」

「…いい、話…、だと思う」

「そっか。…敬語だからさ、ちょっと身構えた。ごめん」

 眉尻を下げたまま悲しげに笑って「だったら、今日も頑張れる」そう柔らかい言葉に乗せて、私の頭を撫でた。



 平っちを待たせていたとしても。今、はっきり言えばよかったのかもしれない。

 名前で呼ばなかったのと、敬語を使ってしまったことを後悔しながら、温もりの消えた頭に手を当て、小さくなる背中を見つめていた。