優しい胸に抱かれて

 前向きになれたというのに、殺されては身も蓋もない。指示に従い、滴る服を脱ぎ捨て熱めのお風呂に浸かる。

 目を瞑り、どうか、従順な部下を殺さないでください。指を折り、届くかどうかよくわからない祈りを捧げた。


 4月とはいえ凍えるような冷たい雨に打たれ、すっかり冷え切った体はお風呂に入っても温まることなく、背を丸めストーブの前を陣取る。

 部長に渡された白い封筒の中身を広げた。


[なぽり]で、部長の手によって見せられた時には気づかなかったが、原案ではなくコピーらしく間近でみると印刷が荒く鮮明ではなかった。

 両手に持って腕を伸ばし、距離を取る。離して見れば出来の良さは解るし、インテリアを使ってくれているのも解る。

 けれど、隅々まで見ていないことを指摘しておきながら、不鮮明なパース図にがっかりする。

 諦めて封筒に戻そうと、腕を下ろした時。紙の間から、ぱさりと落ちてきた小さめの紙切れを拾う。


 手紙と呼ぶには短く、メモ用紙だって生命保険の名前入り。特別なことはない。

 活字のような端正な字体。他にも何枚か挟まっているがどれも内容は近況報告。


 依頼がないまま3ヶ月、ただ時間だけが過ぎていって、戻りたい。弱音と不安。

 心情が見え隠れする短い文章のどれにも、私を心配する一言が添えられていた。


 心配するくらいなら『待たなくていい、別れよう』なんて、冷たく言わないで。


 部長は明日にしろって言っていたけれど、今すぐ電話すればきっと駆け付けてくれて、泣いている私に何も言わず、抱き締めてくれるんじゃないかと思う。

 きっと、眉間にキスのオプションをつけてくれるだろうし、2年分の不満でも言えば、上手い言い訳をしてくれるだろう。そうやって朝まで語り明かして寝不足で出社したっていい。


 でも、それは明日にしよう。今日は1人で泣こう。


 想いながら、このメモを枕元に添えて眠りに就きたい。

 これが、心の隙間に出来た[余裕]というものなら、余裕ってものは相当複雑で厄介なものだ。