優しい胸に抱かれて

 足より先に腕を伸ばしたところで届くわけがなく、追いかけようと踏み出した足が突如として止まる。

「…すげぇ、出で立ち。何処行ってたんだよ?」

「あはは、どっちがだよ? ドア枠取り付けに」

「へぇ、納品になったのか?」

「倉庫で見つけたんだ。運動不足だな、久々の現場で明日は筋肉痛かも。風邪ひくなよ?」

「お前こそな。それと…、バトンタッチだ。やっぱ、疲れる」

「…は? 何が?」

 わけがわからないといった声が上がり、近づく足音。


 昼間に作業服だった理由は解ったけれど、このタイミングで入れ違いで入って来られたって、困る。どちらかといったら、わけがわからないのは私の方だ。


 手の中のそれらをどうにかしようと、素早く戻ろうとした私の動きが遅かったらしく、腕を掴み取られた。

「…紗希? また虐められたのか?」

「…ちっ、違う」

 思い切りもげそうになるくらい首を振った。そんなことで離してくれるわけがなく、余計掴む力が増すだけ。

「紗希?」


 お願いだから、その声で名前呼ばないで。


「紗希…?」


 もう、ほんと。止めて欲しい。

 意味が解らないのに、どうしてか泣きそうになる。



 私の体を引き寄せた。引き寄せられた体は抵抗も虚しく、振り向かされて伺うように屈んだ彼の顔が目の前にくる。

 昼間にぶつかった時とは違って、埃っぽい匂いの中に見つけたセドラの香りが、情けをかけず涙を誘う。