優しい胸に抱かれて

 同じように足を止めた私は、佐々木さんにいつもされているように耳朶を摘む。聞き間違いでなければ、日下さんが私に謝った気がする。

 あの日下さんが、「ごめん」なんて謝るわけないと、すでに足が動いている背を追いかけた。


「今っ、今。日下さん、何て言いました?」

「ちゃんと人の話聞いとけよ。だから、鈍いって言われんじゃねぇのか。近寄るんじゃねぇよ」

 詰め寄る私に、距離を取って怪訝そうに見下ろして、なじるのはいつも通り。


「今、ごめんって言いました?」

「…お前、俺を何だと思ってるんだ? 俺だって謝ることだってある」

 思い切り顔を顰め日下さんに、思わず頬が緩む。それを横目に「ニヤニヤすんな、気持ち悪ぃな」って睨み付けられて、私は頬を擦った。


「…だって、見たことないです。引き出しの中身を捨てたことへの謝罪ですか…?」

「…お前、馬鹿か? んなことで謝るわけねぇだろ」

 呆れた顔で返す。本当にその通りだ、そんなことくらいで謝るわけがない。妙にしっくりくる台詞に納得する。


「じゃあ、どうして…?」

「俺が言ったこと、本当は根に持ってるだろ? お前らが別れたのは俺のせい」

「…どうして、そう思うんですか? 日下さんの方が根に持ってるじゃないですか」

 煩わしくて面倒なことが嫌いな日下さんは、もしかすると執念深い人なのかもしれない。頑固な汚れみたいだ。

 どこを探しても、別れたかった理由は見つからなかったけれど、無関係な日下さんのせいではないと言い切れる。