優しい胸に抱かれて

 頭ごなしに大きな声を出す平っちは息遣いを荒くする。割って入ってきた島野さんを押し抜け、私の腕を掴み取った彼は一旦離すと肩に手を置いた。


「平、言い過ぎ。紗希も論点はそこじゃない。島野さん、昇格祝いは解決してから。ほら、丹野が泣きそうな顔してる…」

 場違いな落ち着いた言葉に全員が丹野さんへと焦点を合わせた。それぞれ思い思いの表情を集められた彼女は、赤くさせた瞳を萎ませる。

 口端を震わせ、「す、すみませんでしたっ!」と、頭を下げたかと思いきや、器用に下を向いたまま身体の向きをを反転した彼女は、倒れるように社屋へと疾走して行く。


 丹野さんを追いかけようとはせず、顔面にまとわりつく髪を押さえ、小さくなっていく丹野さんの姿をちらりと盗み見し、それでも私の口はまだ言葉を迸る。

「平っちこそアホじゃない…」

「紗希」

 優しく名前を紡がれ肩に圧が加わって、続けようとした言葉を飲み込んでしまった。眉を八の字にさせ、まるで宥めようとしている表情を見ないように振り切って、声を絞り出す。


「制作に3、4週間掛かるスライディングウォールが1週間足らずで出来上がるわけないじゃない、そんなことも考えられないくらい平っちが取り乱すのはわかるよ。私はたくさん失敗したし、みんなにいっぱい迷惑掛けてる! でも、新人のくせになんて駄目だよ言っちゃ…」

 解らないなりにも頑張っている。空回りすることだってある。足を引っ張るのはいつものこと、教える側だって時間と労力がいる。新人ってだけでちょっと煙たがられるような存在だ。


 それは、みんな同じ。誰だって初めは解らない。解らなくて当然、私たちにだって[新人]っていう時期はあったんだから。だからこそ、口にしちゃいけない言葉。


「責任の所在は平っちって決まった訳じゃないよ?」

 ミスではないと確信があるわけじゃない。仕事に対して真剣に向き合っている平っちの不安を、取り払うことはできないけれど、冷静さを欠いて後輩である丹野さんに当たるのは、弥が上にも苦しむだけ。