優しい胸に抱かれて

「紗希と手繋ぐの久しぶりだなあって、感動してんの。…俺の顔、見過ぎ」

「…変なこと言うからだと思います」

 笑い声のあとに肩を竦めた彼とほんの一瞬、目が合ってすぐにどちらからともなく逸らす。付き合いたてのカップルじゃないんだから、嬉しそうにはにかんだ表情を見せられて、泣きそうになるのは不可抗力としか言いようがない。

 
 嫌だって言っても離してくれなくて、私の嫌がるようなことはしなかった2年前とは明らかに変化した。

 右手の中の金属の感触。左利きではない彼が私の前で、まるで態とそうさせているみたいに左手を使う。当然ながら薬指にはめられた指輪に意識がいく。大きくて暖かい掌に心地いい彼の体温を感じ、大丈夫ではない胸が苦しくなる。


 通用口へ歩を進める私を引っ張って「紗希、まずはこっち」と、オフィスとは反対の建物、一台の大型トラックが停車している倉庫へと歩き出す。遠目でもわかる、島野さんたちが集結していた。

 商品部商品課のテリトリー。倉庫前では誰かが大声で指示を出しながら怒鳴り散らし、フォークリフトでトラックの荷台から荷物を下ろしていく。慌ただしく騒然としている傍らで、店舗デザイン事業部のみんなは成り行きを見守っている。


 近寄ってみると、そこにいる全員が吹く風に、鬱陶しそうに前髪を靡かせて、見守っているのではなく身を任せ、呆然と立ち尽くしているといった表現が正しいだろう。困惑した顔を並べている中で、日下さんだけがスラックスのポケットに手を突っ込み、涼しい顔をしていた。


「島野さん。…これ、全部?」

「そうらしいな」

 彼の問いに答えた島野さんは、肘を曲げ腰に両手を持って行き、やれやれと言わんばかりに息を吐く。話が見えない私は島野さんへ訪ねた。

「何があったんですか?」

「商品部経由で特注で手配したスライディングウォールの発注ミス。100枚中、90枚過剰発注分が到着したところだ」

 会議室やホテルでフロアを1フロアにしたり2フロアにしたり、簡単に仕切ることができるパネル、移動式間仕切りのスライディングウォールの桁が一つ多い、単純な発注ミスだと言う。