優しい胸に抱かれて

 しかし、開いた口から言葉を発したのは、目の前で真顔を貫く表情の中に瞳を平に柔らかくさせ、どことなく優しさを見せている彼だった。

「紗希は俺のこと、邪魔しないようにって必死だったかもしれないけど、どっちかといったら俺の方が紗希の邪魔してるんじゃないかって思ってた。実際、今だって邪魔してるようなもんだし」

 と、私の名刺をこともあろうか上着のポケットへしまい、別な物を取り出した。「紗希はすぐ顔に出る」そう言って出てきたのは社員証だった。


 反撃に出ようとした口を閉ざした私は、皺が寄っているであろう眉へと掌で覆い隠す。それを横目に社員証の角をトントンと何度かテーブルで叩き、「隠しても無駄」と、目元を崩し優しく笑った。

 私の社員証とは違って、新品のケースには傷がないように見える。その内側、彼の社員証には新しい役職が堂々と掲げられている。

「紗希? あのさ…」

 課長代理になったのは知っているし、そもそも社員証がどうしたのだろう。沸いた疑問を速攻で打ち消したのは、彼の携帯が鳴ったからだ。また思惑に惑わされそうになる寸前で機械音に助けられた。


 胸ポケットから会社から割り当てられている携帯を取り出した彼は、明らかに不機嫌そうに眉を潜め、不快を示した顔をして「長島さんから。ごめん」と、断り耳に当てる。

「お疲れさまです、工藤です。はい、なぽりにいます。…え?」

 長島さんと一言二言発した彼は、驚き見開いた瞳は狼狽の色を表す。見る見る険しく顔を曇らせ、声のトーンがどっしり重くなった。そして、私の携帯も不意に音を奏でた。

 ジャケットから出した携帯のディスプレイには、島野さんからの着信を知らせている。通話ボタンを押しながら耳へ持って行こうとする手を掴まれ、長島さんとの簡素な通話を終わらせたらしい彼は、私の携帯電話を奪って自分の耳へと押し付ける。

「お疲れさまです、島野さんの大事な部下を引き留めてまして。…はい、とりあえずすぐ戻ります、一緒に」

 こっちも簡単に受け答え程度の会話を終了させ、手の中に電話が戻ってくる。