優しい胸に抱かれて

「でも、さゆりちゃん誤解してる…」

 誤解を解かなきゃ。封じられた腕を振り切るように、ぶんぶんと上下運動を繰り返す。それ以上に激しく動きを止めようと手首に力が込められる。

「紗希? さゆりちゃんが気にしちゃうだろ? 今日が最後なんだからこのまま、誤解したままでいい。ほら、座って。ナポリタン、冷めちゃうぞ?」

 料理が冷めることは寧ろどうでもいい。そこまで真剣な瞳に訴えかけられれば、大人しく席に着くしかない。


「…食べる?」

 実際、このナポリタンを食べきる自信はない。半分程度減ってくれればいい、そんな思いからもう湯気は立っていないお皿を少し向こうへずらし、フォークを乗せる。正直、私もお腹が空いているわけじゃない。

「いや、いい」

「…我慢、まだしてるの?」

「それもある。実はさっきパイクイーンのアップルパイ、差し入れで貰って食べたからお腹は空いてない」

「どうして、…我慢してるの?」


 あんなに毎日のように食べていたナポリタンを我慢する理由って、よっぽどの理由があるんだろうな。単純な気持ちで聞いてしまった。

 気にしなければいいのに、この人が出向から戻ってきてからというもの、一体何度目の後悔だろう。


「そうだな…、紗希の作ったナポリタンなら食べたいけど?」


 どくん。と、一度心臓が波打った。


 平気でそういうこと言えちゃうんだ。さゆりちゃんに真実を話さないのが優しさなら、今のは意地悪としか思えない。だから、思いっきり下手くそな笑顔を捏造する。


「私が作ったものより、ここのナポリタンの方が美味しいよ…」

「紗希が作ったものなら何でも美味しいよ」

 
 馬鹿みたい。こんな冗談みたいな、おちょくるような軽い一言で揺さぶられて、本当に馬鹿みたいだ。


「そうだ、これ。…返す」

 聞かなかったことにして、昨日もらい受けたメモ帳をバッグからようやく取り出し、彼の手前へ置いた。メモ帳を視界に入れた目の前の人物は、分かり易く眉を寄せ不満そうに溜め息を漏らす。

「…このおめでとうってのは、これも含めてのお祝いの言葉だから、返されても困る。いらなかったら捨てていい」