優しい胸に抱かれて

「全員、お互いさまだ。同じだろ? 支えられて、支えている。組織の中でも自由に動ける時点で、すでにお前はみんなを頼って、迷惑掛けて、甘えているんだ。俺だってみんなに支えられているからこそ、あそこに座っていられる。島野は本当はお前に会うことなく、出向に行っている予定だったんだ」

 否定的に聞いていた話は途中で、切り出すように聞き捨てならない言葉に変わる。


「それ…、どういうことですか?」

 会うことなくって、一体どういうこと。私が入社した時には、島野さんがいなかったってことだろうか。


 私が入社した年、本当であれば島野さんが出向でいなかったはずだった。そう話し出す部長は、威圧的な態度が一変し急に物腰が柔らかくさせる。穏和な表情を見せ、故郷の話をするみたいに遠い目をして、時々自嘲気味に微笑を浮かべた。 


「森田、覚えているか?」

「森田、さん…?」

 部長の口からその名を聞くとは想定していなかった私は、怪訝そうに僅かに頷いた。

 
 接点があまりなかったことから森田さんという人物像をはっきりとは覚えてはいないが、とにかく高圧的な人だった。今の部長を陥れようとした悪い人と認識している。

「決まっていた出向を取りやめたのは、その頃から俺と森田の間にあった確執のせいだ。妨害をくい止めようと意地になって残ったんだ。俺のことは気にするな、自分のことだけ考えろ。…何度話し合っても、島野の答えはノーだ。残らなかったことに後悔したくない。ってな」

「部長のために、出向を延ばしたってことですか?」

 そんなことがあったなんて知らなかった。確かにあの頃、みんなが部長へ付いて行くと宣言していた。残ったという島野さんの性格を考えれば、その正義感は納得がいく。


「残ったことに後悔しているかもしれないがな。島野を支えてやれるのはお前らだ、俺じゃない」

「島野さんは後悔してないです、絶対…」

 残ったことで、出向を先延ばしにしたことで、部長は存続している。大事な家族が増え、絆が強まった。島野さんにとって、大事なものが増えたってことだ。