優しい胸に抱かれて

 賞状なんて無意味なただの紙にしかすぎない。にっこり笑って素直を受け取るフリでもして、あとでこっそり捨てたっていいのだろう。

 そんな器用な真似ができるんだったら最初から実践しているし、こんなに悲観的にはなっていなかったと思う。


 カップへ口を付ける部長へ私は灰皿を差し出し、自分のカップにクリームを落とす。

「灰皿はいらない」

「え? 煙草…」

「止めたんだ。忌々しい物を目の前に置くな」

 忌々しいって、だったら止めなければいいのに。どうしたのだろう。そういえば、部長は昨日は休暇を取っていた。

「どうしたんですか? どこか悪いんですか?」

「どこか悪いように見えるか?」

「…いえ、全くもって見えません」

「そうだろうな。どこか悪いとすれば、お前の辛気臭い顔を延々見せられて苛々するくらいだ」

 本当は煙草を吸いたいのではないだろうか。胸の前で組まれた手と手が落ち着く様子がない。


「…ってことは、どこも悪くないですね。それは正常です」

「よく解ってるじゃないか、どうした? やっと自分のこと解ってきたのか? その割にはふざけたものを置き逃げしただろ」 

「…解ってたら、出してません」

「だろうな。辞めてどうすんだ?」

「何も考えてません」

「向こう見ずもいいとこだな。そんな無鉄砲だとすぐに路頭に迷うぞ」

「構いません」

「どうせなら次を決めてから退職しろ。何する気だ?」

「適当に探します。事務でも経理でも何でも」

 建築、設計関連の職種以外なら何でもいい。

「お前には経理は無理だ。知識はない、簿記の資格はない、決算書どころかキャッシュ・フローの意味も解らない。ヘリコプターをチャーターしようとするような奴が経理だと、会社はすぐに潰れてしまうだろうな」


 だから、ヘリコプターは部長が言い出したことだ。一度口に出そうとして飲み込み、続けて口を動かした。

「それは、部長が…。それに、何かを始めるのに遅すぎるって事はないって部長がさゆりちゃんに話してたじゃないですか」

「20、21のさゆりちゃんと27歳のお前が同じなわけないだろ。一緒にするな。そんなに経理がいいならうちの総務部にでも異動しろ」

 それでは何の意味もない。同じ会社じゃないか。しかも、うちの総務部なんて接点がありすぎる。頭を左右に振って嫌だと拒否を現した。