優しい胸に抱かれて

 車置いてくるからと、通用口前で先に降り窮屈な空間から解放された。小走りでフロアを抜けると日下さんが近寄ってきた。

「プラージュ。お前のおかげで一発で通った」

 私の顔の前でひらひらとパース図を見せつけてきて、揺れ動く図面の中。最新のシャンプー台、待合室の壁の色は青から緑に変えられていた。


「…そうですか。でも、それは日下さんの実力ですよ。以前のようなことがなければいいですね」
 
「そうなったら、また今回もお前がアホみたいに同じこと言ってりゃいいじゃねぇか」

「また今回もって…。日下さんに、アシスタント必要なんですか?」

「お前以外の奴なら大歓迎だ。と、言いたいけどなオーナー会いたがってたぞ。あのトロくさい子は元気か聞かれたから、未だにトロくさいって教えたら爆笑してたぞ」

「え…、余計会いたくないです」


 最後に日下さんのアシスタントをしてみたかった。まだまだ私の知り得なかったこと、知っているのだろうと思う。

 でも、もう[また]はない。


「柏木ーっ、蛍光ペン出しといてくれ」

 私の姿を視界に入れるなり、佐々木さんはそう声を張り上げた。


 施工手順をチェックするのにマーカーペンを愛用している。

「わかりました。島野さん、シャープペンは見つかったんですか?」

「おお、この通りな」

 島野さんが愛用のシャープペンを私に見えるように掲げる。
 
「芯はまだありますか? ついでに取ってきますよ?」

「頼む。ついでに、コーヒー」

「でも、保管庫と休憩所は離れてるので、全然ついでじゃないです」

「俺にも」

「あ、俺も」

 黙って淹れて来いと無言で睨まれ歩き出す私に向かって、日下さんと佐々木さんの声が揃う。

「ついでにみんなの分も淹れてきます」

 
 最後かもしれないと思ったら、最後に自分に出来ることはないかと探している。