優しい胸に抱かれて

 二度と戻れないのはわかっている。だから、一つだけでいいから聞きたいことがあった。それを聞くためだけにこの少しの時間、私はよく喋った。


「…出向、大変だったんだってね? 島野さんに聞いた」

「走り回ってるうちに2年経ってて、大変だったか覚えてないな」

「こっちには帰省しに帰って来なかったの?」

「帰ってくる暇がなかった」

「そうだよね…」

 綾子さんは元気かどうかは聞けなかった。知ったところでどうにもならないし、未練だけ取り残されるだけだ。


「名刺配ってる時見えちゃったんだけど。…インテリアプランナー、受けたんだね」

「…インテリアの知識あった方がやり易いし、何となく」

「何となくで取るんだからやっぱりさすがだね。…私なんてすごい大変だったのに。取ると言えば、あの気難しいサワイクラフトの部長から施工案件取りまくって、すごいね。私じゃできなかったからお願いしてよかったのかも」

「他に案件抱えてないし、誰よりも俺が一番暇だから」

「あ、建築デザイナー…、良かったね? おめでとうって言うべきなのかな。昇格したんだからおめでとうだよね。私の名刺はなかったから去年と同じみたい。毎年なにかしら変わってたんだけど落ち着いたのかな」

 おめでとうを何度か言葉にすると、彼はあまり実感がないと口を挟んだ。


 最後まで言い終えた時、隣で表情を曇らせたように感じたけれど、見ていたわけじゃないから気のせいだろう。

「…そっか」

「そういえば、島野さん。ライレンジャーっていう戦隊ヒーローもののキャラクター気に入ってるらしくて。朝、レンジャーごっこしてた。店舗レンジャーの出動だとか言って。楽しそうだった」

「あの人は、ネクタイ選ぶのにも何時間もかけるくらい、何にでも妥協しないからさ。島野さんだけじゃない、みんな、妥協したくないんだよ」