優しい胸に抱かれて

「…あら、いらっしゃい」

 本村さんの懐かしむような声につられ、入り口へと視線を向ける。その人物を視界に入れた途端、私の眉と眉が寄る。

 どうして来ちゃうのかな。


「紗希も来てたんだ」

「…毎年、だから」

 ぱっと視線を逸らす。顔を背けたところで結果は目に見えている。一通りがたつきがないか留め具が緩んでないか、簡単に点検を終わらせ、私の右隣に腰を下ろす。

 店内を見渡して「昔と変わってないな」彼はそう呟いた。


 変わらないのは店内だけで、通っていた高校生だって卒業を迎えただろうし、本村さん家族の仲は深まっている。私たちだってあの頃とは違う。だけど、ここは変わってないから時が戻ったような感覚がするだけだ。


 彼の分のコーヒーを運んできた本村さんは「私は奥にいますからどうぞごゆっくり」と、微笑んでお店の奥へ消えてしまった。


「…ニットカフェの水元さんがありがとうって伝えてって。宣伝まで考えてくれるとは思わなかったって。どうして…」
 
 話してないのにわかったのか。と、言おうとしたところで遮られた。

「紗希の考えはお見通しだよ、紗希のことなら何でもわかる。…メモ帳出して」

「うん…?」

 バッグから使い込んだメモ帳を取り出し目の前に差し出した。

 最後の見開きのページを「これ」と、長い指が指し示したのは私が咄嗟に書いた走り書きの隣、左のページ。

「あ…」

 事細かにヒアリングの内容がびっしり書かれていた。


「だから、何でもわかるって言っただろ。自分で書いといて忘れちゃうか? 忘れないように書いたんだろ?」

「ごもっともです…」

「あはは。紗希らしいよ、そういうところ」

 メモ帳をめくり隅から隅まで目を通しながらそう言って、屈託のない笑顔を見せる。


 何でもわかるって言うけど。

 わかっていたら『待たなくていい』なんて言わない。私が今、何考えているかなんてわからないくせに。


 付き合っていた痕跡が残されているメモ帳を懐かしそうに目で追っている。奪い返そうと思ってやめたのは、僅かに困惑した表情でも見せるだろうかと思っていたら、寧ろ嬉しそうだ。

 何考えてるかさっぱりわからない。