優しい胸に抱かれて


それから数日が無駄に流れた、ある日。

『あれ? えっと、確か入社説明会で隣だった人!』

昼食を取りに行こうと会社を出たところで、声を掛けられた。突然、指を指されて驚いたのは言うまでもなく。

『え…、えっと、えっと…。総務部の吉平さん、ですよね?』

『そうそう、覚えてくれてたんだ。確か…、店舗さんの柏木さん! あーよかった、思い出してすっきり』

店舗デザイン事業部のことを[店舗さん]と呼ぶ彼女は、つっかえたものが取れてすっきりした表情を見せる。

うちの会社は入社式みたいなものがない。入社説明会で顔を合わせた同期の中でも、彼女は隣の席だったからよく覚えていた。


説明会は殺風景な事務室で、長い会議用テーブルに配られた書類。頬杖ついて書類をぺらぺらめくっていた。その様子は早く終われ、そう物語っていた。

『かったるくない? こういうの』

『…?』

『紙だけくれればそれで終わり。って思う。面倒じゃない?』

『うーん、私は頭悪いから説明してくれた方がいいかも』

『…そうね、頭悪いかどうかは別として。あなた、ほんと鈍そう』

初対面ではっきりと、鈍そうと言われたからだ。 

『それでいて実は意地っ張りなところあるんじゃない? 意地を張る人は大概、鈍感なのよ。そんなことない、なんてムキになって意地を張るから自分が見えていない、周りが見えていない。要するに鈍感?』

『そんなことありません』

『ほら、そういうとこ』

『あ…』

『なーんてね、実は私も意地っ張りなんだ』

って、自分から意地っ張りだと公表した人。

『でも、あなたは純粋に鈍感ね。きっと』

初対面でここまで言えちゃう人はなかなかいないと思った。

その後、彼女は色々と文句を付けていたが、嫌な気分はしなかった。悪びれることなくはっきり言っちゃうところは、時々笑ってしまいそうになった。


『お昼? 一緒に行かない? 私の部署、むさ苦しいオッサンしかいなくてつまんないのよ』

総務部の制服を着こなした彼女は、財布を持った手を顔の横に持ってきて『行かない?』って、もう一度笑顔を向けた。