優しい胸に抱かれて

 毎年3月30日には様子を伺いに足を運ぶ。毎年、本村さんの夢と生徒さんの夢が詰まったカフェに、思いを馳せる。本村さんだけじゃない、私の大事な思いもたくさんここにはあったから。
 
「コーヒーで良かったかしら? クリスマスの時期からずっとシュトレン作りにはまってるのよ」

「シュトレンって、あのドイツのパン菓子ですか?」  

 食べたことはないが聞いたことはある。生地にドライフルーツやナッツを練り込んで焼き、表面に砂糖をまぶされているパン菓子。クリスマスまでに薄くスライスして少しずつ食べるとか。この話はどこかの店舗でのヒアリングの時に聞いた話。 


「どうぞ」

 湯気立つコーヒーの香りと共に、手のひらサイズのシュトレンが二切れが乗ったお皿を出された。

「ココアシュトレンよ。全粒粉100パーセント、娘の渾身のメニュー。私なんて毎日食べさせられてるのよ」

「いただきます…」

 フォークで一口の大きさに切り、口へ入れる。ココアのほろ苦さを感じながら甘くて、ナッツや胡桃の香ばしさにドライフルーツの酸味が程良くマッチしていて、バランスよく整っていた。

「チョコレートブラウニーみたいにしっとりしてますね? これでバター使ってないって不思議…。売れますよ、これ」

 お店に並んでいたらまとめて買ってしまうレベル。パンというよりお菓子感覚。あっという間に一切れ食べてしまった。

 毎回違うメニューを出され、それが美味しくて。毎月でも来ようかなと考えてしまう。

 
 メニューは飽きないように考えられているし、学校帰りの高校生にピッタリの軽食。値段だってお財布にエコな価格。サンドイッチ、焼きそばパン、ナポリタンロール、パンケーキ…。


 今度って言っておきながら、ナポリタンロールは作らなかったんだっけ。パンケーキだってあの一度きり。フェリーには乗らなかったし、函館も根室にも行かなかった。ここにだって毎年一緒に行こうって話していた。

 未練、なのかな。どうせなら嫌いになったとか、ハッキリ言って欲しかった。


 カランコロンと鳴って扉が開いた。ドアに付けられたベルが来客者を知らせる。奥にいても聞こえるようにって、あとになってから付けられたものだった。