優しい胸に抱かれて

「別に。お前が誰と付き合おうが知ったこっちゃねぇよ。けどな、あいつを忘れるために誰かと付き合おうとしてるんなら話は別だ。そんなんで忘れられるならとっくに忘れられてるじゃねぇか、2年もあればな」

「そんなの、わからないじゃないですか。付き合って、少しずつ好きになって…」

「好きになれるのかよ? 妥協して付き合って好きになれなかったらどうすんだ? やっぱりあの人のことが忘れられないとか言って、ポイって捨てればいいとでも思ってんのか? まだ、好きなんだろ。後悔すんぞ」

 いつになく真剣な日下さんの瞳に、吸い込まれそうになる。その目は、やめとけと訴えているようだった。


 日下さんが言いたいことはわかる。

 他の誰かとなんて考えたことがなかった。まだ、好きってことなんだろうか。自分の事なのによくわからない。


「後悔、しないかもしれないじゃないですか」

「まぁ、確かに…」

 いつもなら「うるせぇ」とか言うのに、あっさり納得し引き下がった。



 綺麗な思い出ばかりじゃない。苦しくて苦い思い出もたくさんあるから、ずっと忘れたかった。忘れて、きれいさっぱり忘れてしまえば、呪縛が解き放れたみたいに楽になれると思った。

 会社を辞めても、きっと忘れられない。ずっと、ずっと。忘れられない。

 妥協して誰かと付き合っても、忘れてなくて、比べてしまうだろう。自分から想いを捨てない限り、忘れられない。


 作業場へ戻ると、島野さんに何時間掛かってんだ遅いと睨まれ、どこの馬の骨かわからんふざけた奴と付き合うなんて俺が許さんと、何故だか佐々木さんが騒いでいた。

 更に私の首を絞めながら、その気がないくせに、旭川出張の間に彼女が出て行ったから俺にしておけ、とも言っていた。